花くまゆうさく氏インタビュー
「ちょっと寝たら、治ったよ」
今日は体調不良な花くまさん。
「大丈夫なんですか!?」「大丈夫、大丈夫」
だけど、胃にやさしいモノのいうことで東京は笹塚の
とあるソバ屋さんに入店。
今回は、4月20日に漫画家バンドイベントに出演して下さることもあり
花くまさんとバンドとの出会いについてお聞きしました。
―花くまさんのバンドとの出会いはいつだったんですか?
僕はね、中学校のときにRCセクセションが出てきてそういうのに目覚めた。
―バンドは組んでたんですか?
やりたいんだけどやれなかった。やっぱり何か難しそうなイメージがあったし、周りでやってる人もいなかったし。自分でも勝手に出来ないって思ってたから。
1回ギターも買ったんだけど・・・
―中学の時ですか?
高校かな?その時はフォークギターを買ったんだけど、結局本見てもチンプンカンプンだし、すぐ諦めちゃった。
結構うるさいじゃないフォークギターってさ、ウチで弾くとさ。
なんか思ったよりバーンとデカいから、それでビビってあんまり弾けなくなっちゃって。
―ハハハハ(笑)
あとなんかギターのネックが反るとか本に書いてあってさ、あれ見て自分のギター見ると
なんか反ってるように見えてくんだよね。
―それ、わかります(笑)
なんか買ったばっかなのに反ってるように見えるし、全然よく分かんなくて。
何も弾いてなくて弦張りっぱなしで置いといて、これでまたさらに反ってんのかなとか思って・・・全然弾かなくなっちゃった。
―何かと最初に覚えなきゃいけないこと多いですもんね。
今から思うと誰かに習いに行けば良かったんだけど・・・なんか出来なかった。
清志郎がウクレレも弾いてたから、ウクレレなら出来るかなと思ってウクレレも買ったりしたんだけど・・・結局それも挫折して駄目だった。
だから、もっぱら音楽はレコード聴くかライブ行くだけだった。
―その後に、バンドブームが来た感じですか?
バンドブームとかイカ天みたいなのは二十歳過ぎくらいかな。
その前の十八くらいの時に、有頂天とラフィン・ノーズとウィラードがNHKの番組にメインで扱われててインディーズブームが来たの。
それを見てて、またやりたいって思うんだけど・・・何か出来なくて。
その数年後にイカ天とかで完全なバンドブームが来るんだけど、その時にはバイトとか何かしてて・・・見るだけたった。
―話を聞いてると『グミ・チョコレート・パイン』(大槻ケンヂ著)の時代と・・・
そう、全く同じなんだよね。
大槻さんは、ちゃんと高校の時にバンドやったんだよね。弾けなくても。
ナゴムのイベントとかで初期の筋少とかも見てんだけど・・・
今からすると自分もやっとけば良かったって思うんだけどね。
その思いがずっとあって、節々にやっぱり楽器弾きたいなっていうのがあって生きてきて。
そんで、数年前にギターを買い戻した。
―やっぱり、音楽から受けた影響も大きかったんですか?
考え方とかあったかもしれない。どんどん内に向っていくというか・・・
―自問自答というか?
そうそう、暗い方が好きなの。
映画とかでもそうだね、暗い青春映画とかがやっぱ好き。
ATGの青春映画はだいたい救いが無いんだよね。
―映画も多く見られてたんですか?
そうだね。
映画と、RCや泉谷やスターリンとか偏った音楽、あとプロレス。
この三つが青春時代だった。
―なるほど、プロレスも。
すごい好きなのは全日だった、外人ばっかりだった頃の小学生時代。
夏はマスカラスで、最強タッグでファンクス対ブッチャー・シークがあって、でブロディとかも来るようになって。
ちょうどチャンピオンカーニバルと最強タッグが、小・中学校の時には凄くワクワクした。
初日の入場式とかタスキでスーパースターがそろってる、その絵だけで興奮した。
もう日本人はいらないって感じで(笑)
―好きなレスラーは誰だったんですか?
最初はファンクスとかマスカラスだったけど、
途中からはもうブロディが一番好き、野獣的で。
だから小学生が怪獣を好きになる感じで、外人レスラーが好きだった。
―そういったことをクラスで話せる人はいたんですか?
プロレスはみんな好きだったね、小中学生時代は。
その後、新日ブームが日本中凄かったから、高校でもプロレスは皆けっこう見てたかな。
でも、音楽や映画の話が合う人は2~3人だったね。
―映画を撮ろうという道には行かなかったんですか?
全てそうなんだよね。映画とかも8mmとかを買うっていう発想がなかった。
遠い世界のことっていうか・・・
ほんと、だから昔できなかった事を今急にやってる。
映画もそうだし、バンドもそうだし、格闘技もそうだよね30くらいからとか。
やれなかった心残りを今やってる。
―そのなかでマンガの道を選んだきっかけっていうのは?
映画も音楽も難しいっていうのがあって、
マンガは紙とペンだけだから行きやすかったのかもしれない。
―やっぱり、何かを表現したいって気持ちはあったんですね。
そうそう、やりたいってのはあんだけど・・・
僕に出来るのはマンガだった。
今日は体調不良な花くまさん。
「大丈夫なんですか!?」「大丈夫、大丈夫」
だけど、胃にやさしいモノのいうことで東京は笹塚の
とあるソバ屋さんに入店。
今回は、4月20日に漫画家バンドイベントに出演して下さることもあり
花くまさんとバンドとの出会いについてお聞きしました。
―花くまさんのバンドとの出会いはいつだったんですか?
僕はね、中学校のときにRCセクセションが出てきてそういうのに目覚めた。
―バンドは組んでたんですか?
やりたいんだけどやれなかった。やっぱり何か難しそうなイメージがあったし、周りでやってる人もいなかったし。自分でも勝手に出来ないって思ってたから。
1回ギターも買ったんだけど・・・
―中学の時ですか?
高校かな?その時はフォークギターを買ったんだけど、結局本見てもチンプンカンプンだし、すぐ諦めちゃった。
結構うるさいじゃないフォークギターってさ、ウチで弾くとさ。
なんか思ったよりバーンとデカいから、それでビビってあんまり弾けなくなっちゃって。
―ハハハハ(笑)
あとなんかギターのネックが反るとか本に書いてあってさ、あれ見て自分のギター見ると
なんか反ってるように見えてくんだよね。
―それ、わかります(笑)
なんか買ったばっかなのに反ってるように見えるし、全然よく分かんなくて。
何も弾いてなくて弦張りっぱなしで置いといて、これでまたさらに反ってんのかなとか思って・・・全然弾かなくなっちゃった。
―何かと最初に覚えなきゃいけないこと多いですもんね。
今から思うと誰かに習いに行けば良かったんだけど・・・なんか出来なかった。
清志郎がウクレレも弾いてたから、ウクレレなら出来るかなと思ってウクレレも買ったりしたんだけど・・・結局それも挫折して駄目だった。
だから、もっぱら音楽はレコード聴くかライブ行くだけだった。
―その後に、バンドブームが来た感じですか?
バンドブームとかイカ天みたいなのは二十歳過ぎくらいかな。
その前の十八くらいの時に、有頂天とラフィン・ノーズとウィラードがNHKの番組にメインで扱われててインディーズブームが来たの。
それを見てて、またやりたいって思うんだけど・・・何か出来なくて。
その数年後にイカ天とかで完全なバンドブームが来るんだけど、その時にはバイトとか何かしてて・・・見るだけたった。
―話を聞いてると『グミ・チョコレート・パイン』(大槻ケンヂ著)の時代と・・・
そう、全く同じなんだよね。
大槻さんは、ちゃんと高校の時にバンドやったんだよね。弾けなくても。
ナゴムのイベントとかで初期の筋少とかも見てんだけど・・・
今からすると自分もやっとけば良かったって思うんだけどね。
その思いがずっとあって、節々にやっぱり楽器弾きたいなっていうのがあって生きてきて。
そんで、数年前にギターを買い戻した。
―やっぱり、音楽から受けた影響も大きかったんですか?
考え方とかあったかもしれない。どんどん内に向っていくというか・・・
―自問自答というか?
そうそう、暗い方が好きなの。
映画とかでもそうだね、暗い青春映画とかがやっぱ好き。
ATGの青春映画はだいたい救いが無いんだよね。
―映画も多く見られてたんですか?
そうだね。
映画と、RCや泉谷やスターリンとか偏った音楽、あとプロレス。
この三つが青春時代だった。
―なるほど、プロレスも。
すごい好きなのは全日だった、外人ばっかりだった頃の小学生時代。
夏はマスカラスで、最強タッグでファンクス対ブッチャー・シークがあって、でブロディとかも来るようになって。
ちょうどチャンピオンカーニバルと最強タッグが、小・中学校の時には凄くワクワクした。
初日の入場式とかタスキでスーパースターがそろってる、その絵だけで興奮した。
もう日本人はいらないって感じで(笑)
―好きなレスラーは誰だったんですか?
最初はファンクスとかマスカラスだったけど、
途中からはもうブロディが一番好き、野獣的で。
だから小学生が怪獣を好きになる感じで、外人レスラーが好きだった。
―そういったことをクラスで話せる人はいたんですか?
プロレスはみんな好きだったね、小中学生時代は。
その後、新日ブームが日本中凄かったから、高校でもプロレスは皆けっこう見てたかな。
でも、音楽や映画の話が合う人は2~3人だったね。
―映画を撮ろうという道には行かなかったんですか?
全てそうなんだよね。映画とかも8mmとかを買うっていう発想がなかった。
遠い世界のことっていうか・・・
ほんと、だから昔できなかった事を今急にやってる。
映画もそうだし、バンドもそうだし、格闘技もそうだよね30くらいからとか。
やれなかった心残りを今やってる。
―そのなかでマンガの道を選んだきっかけっていうのは?
映画も音楽も難しいっていうのがあって、
マンガは紙とペンだけだから行きやすかったのかもしれない。
―やっぱり、何かを表現したいって気持ちはあったんですね。
そうそう、やりたいってのはあんだけど・・・
僕に出来るのはマンガだった。
花くまゆうさく
1967年東京生まれ。「野郎人」で第2回ガロ長井勝一賞に入選。
第13回ザ・チョイス年度賞優秀賞を受賞。
漫画単行本「労働2号」「東京ゾンビ」「メカアフロくん」、絵本「ムンバ星人いただきます」などではガロ系漫画の愛読者たちの嗜好を刺激するほ か、映画・プロレス・格闘技を中学生気質で書き下ろした「青いオトコの汁」などのエッセイも好評。2005年には「東京ゾンビ」が映画化。
彼の絵は"ヘタウマ"と言われ親しまれ、漫画の他にもイラストレーターなどマルチに活動中。
http://www.hanakuma.com/
1967年東京生まれ。「野郎人」で第2回ガロ長井勝一賞に入選。
第13回ザ・チョイス年度賞優秀賞を受賞。
漫画単行本「労働2号」「東京ゾンビ」「メカアフロくん」、絵本「ムンバ星人いただきます」などではガロ系漫画の愛読者たちの嗜好を刺激するほ か、映画・プロレス・格闘技を中学生気質で書き下ろした「青いオトコの汁」などのエッセイも好評。2005年には「東京ゾンビ」が映画化。
彼の絵は"ヘタウマ"と言われ親しまれ、漫画の他にもイラストレーターなどマルチに活動中。
http://www.hanakuma.com/















