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羽生生純氏インタビュー

08/07/27 09:39

「ごめん!今から行きます!」
東京は高円寺にて待ち合わせ。
以前より高円寺は興味深い町だと聞いていたので、少し早めに行き散策を。
たしかに、老人からギターをもった兄ちゃんや道行く人の層も広く、東京の中でも独特の時間軸で人々が生活しているような趣のある町だ。
さて、予定の時刻となってのだが・・・あれ?羽生生さんは??
もう来るかなと思っていたのだが、虫の予感で連絡するとやはり忘れていた模様(笑)
なるほど、これが高円寺タイムなのかと実感。こういうのは好きだ。

早速、羽生生さんのよく行く喫茶店に入りインタビューさせて頂きました。
「1つのことに10喋っちゃうタイプなんだよね」ということなので
そのまま掲載することにしました!

高円寺という町、「アワヤケ」を描くまで

―高円寺は独特の雰囲気ありますね

そうですね、わりとこの町は漫画家であったりとかバンド系の人だったりとか芝居の人であったりとか、そういう事をやりたい人が住むことが多いらしいですね。

―そういうふうな劇場とかも多いんですかね?

いや、劇場自体はないんですけど、そういう人が住んで売れたら他の町に住んでランクが上にいって。売れなかったらいつまでもクスぶるみたいな。
そういう天国と地獄の間のようなところなんで。

―そんな高円寺に家を建てたんですよね?タイムさんが『恋の門御殿』って呼んでましたけど(笑)※1

いやいや、ただの中古を買っただけなんですけどね、イイのがあったんで。

―それを聞いて、もしかして「アワヤケ」もそこから来てるのかなと思いまして。

あぁー。一応自分の中では流れがあって、だんだん自分の生活も色々変わるにつれて、まぁそれに沿って描いてったら、ああいう感じのネタをやらざるえなくなったっつうか。


―その流れっていうのは「恋の門」や「青―オール―」も含めてですか?

何だろう。「恋の門」は、いわばBOY meet GIRL じゃないですか、付き合い始める話で。
「青-オール―」は付き合ってる最中の話みたいなイメージなんですよ。
勿論、繋がってるわけじゃないですけどね。で、「アワヤケ」は所帯をもって子供が出来たところっていうところの話っていう何となく流れがあって。別に繋がってるわけじゃないんだけど、テーマ的に「じゃ、次はこうだな」っていうのはある。
BOY meet GIRLを描いて、純愛っていうか恋愛の話を描いたら、次は家族だろうっていうアレなんですけどね。

―テーマは一環して、やっぱり「愛」なんですね。

まぁ、そんなに明確に「愛」だどうだっていうのを上に振りかぶる訳じゃないんですけど、
人間関係を描くと絶対に出てくるじゃないですか?
その男女の愛だけじゃなしに、関係のあるところには、どうしても心の向き合いとか繋がりとか、引っ張り合いとか生まれちゃうから。それが結果的にそういうものになるのかなって感じですから。「愛」というテーマじゃなくて、結果的にそういうものに触れざるえなかったっつうか。


物語を考える

―話を描き始めるときに最初は何を決めるんですか?

色々パターンはあるんですけど。「恋の門」の場合は、まず価値観が違う2人がどう付き合うか?みたいなものをまず決めて、最終的に上手くいくっていうか無理やりにでもハッピーエンドにもっていくていうのを決めて、それからネタを探したっていう順番で。だからテーマ的には漫画じゃなくても良かったんですけど※2、たまたまその時に興味があったのが、そういうオタク的な文化を持った人と、そうじゃない人が一緒に付き合うにはどうすればイイかとか、どうなるんだろう?みたいな事が引っかかってという感じですね。

―そういった大きな流れを最初に決められるんですね

そうですね、わりと外枠から決めるっていうか。あんまりオレ自身キャラクターに対して思い入れのある方じゃなくて、まず伝えたい物語があってその枠を考えて、その枠の中にはまるようにキャラクターを作っていくっていう順番なんで。だから、自分が作ったキャラクターに思いを入れていくといった人もいるかもしれないけど、そういうタイプじゃないですね。

―映画とかみたいに、脚本ありきでどう撮るかみたいな?

そうですね、やっぱり物語を語りたいって欲が第一にあるんで。それを上手く伝えるにはどうすればイイか?っていう順番でやっていくんで、どうしてもそうなると思うんですけど。

―じゃあ羽生生さんの場合は、キャラに自分を投影することはないんですか?

多分そうしないと、上手く浮かばないというか。勿論キャラクターの行動の中で、自分が考えたことじゃないとなかなか思い浮かばないじゃないですか、全然他人のことを考えるのは難しいから自分の考えが出てたりはするんですけど。
それが全て自分のパーソナリティを現したものかっていうと、また違うくて。
言ってみれば登場人物それぞれに、その時の自分の言いたい事が入ってたりするけど全部自分じゃなくて、それはお話を機能させるために存在するうえで、自分の言いたい事を入れたかったら入れるし、そうじゃないことも入れるしみたいな。
やっぱり、こういう話を伝えたいっていうのが大前提であるような気がしますね。



―なるほど、僕は羽生生さんの作品を読んでると最初に個性の強いキャラクターが出てきて
「どうなるんだろう?」って思ったら少しづつ歯車が交わってきて。そしてホッとしたら、また思わぬ方向に話が進みだしてっていう、本当に先が分からない展開をするなって思うんですけど。
でも物語ありきだと「キャラが動き出す」ってことはないんですか?


大体、ケツは想像してるんで「ケツに向うためにはどうなるか?」っていう考え方なんで途中はあんまり考えてないことが多いんですね。

―あ、そうなんですね。

流れでね。ひとつ前に起きたことから、コレがこうなたらこうなるだろうみたいな。
ようは順番に考えていくとそっちにいっちゃう。
もちろん、自分がコントロールしているわけだから、どっちに転ばせるなんかは作者の考えなんですけど。じゃあ、そういう時に「なるほど」っていう方に転ぶか「えーっ?」っていう方に転ぶかを考えると、自分の好みとしては「えーっ?」って方をとっちゃう。
その「えーっ?」て方をとり続けた結果、後から読む人は「なんだこりゃ?」ってどこに行くか分かんない感じになるのかなって思う。
だから自分の中では、そんなに突飛な選択肢を選んだとは思ってなくて、次にこうさせたい場合に、ただ普通にこうなったら面白くないから「こっちにしよう」っていう選択をしていった結果、そうなっちゃったみたいなね。

―でもケツが決まってるのに「えーっ?」という方を選び続けると、
「やべぇ、何でこっち行っちゃったんだ?」って事にはならないですか?

わりと最終的に、まとめるのが好きなんですよ。とんでもない方向から、自分の思った方向にねじ曲げるぐらいのことをするのが好きなんで。(話が)反れたら反れたで「どうやってコッチに引き戻そうか」てところが自分でも楽しみだったりするんで、それがおっかないと思った事はないですね。その無理やり結びつけるところに、描いてる方も楽しみがあるし、読んでる方も「えーっ?」て思うんじゃないですかね。

―むしろ話が曲がるほど武者震いするような?

ようは物語がうねってくれれば、それだけで読む価値はあるかなって思うんですけどね。
例えば恋愛話を描いたとしても、最終的にくっついて「良かったね」ってなるまでに、その途中に七転八倒してのた打ち回った方が面白いと思うタイプなんで、自分は。
「2人が幸せになればそれでイイじゃない」って思う人もいるかもしれないけどね。


創作するにあたって

―新しくストーリーを考える際に、本とか映画とか見たりとかするんですか?

多分、その時その時に読んでるものや見ているものに影響を受けているんだろうなというのはありますけど、特に意識してコレをってのはないですね。例えば編集者と話をする時 に「こういう商品です」って説明が必要じゃないですか、これが簡単なほど分かりやすいわけで。「恋の門」だったら恋愛コメディみたいな、「アワヤケ」だったらホームコメディみたいな。それは漠然と大枠を考える時には「こういうモノである」って説明をする為に、「アワヤケ」だったらお化け屋敷の話とか色々見て、「こういう感じがパターンとしてあるよね」っていうのを押さえた上で、じゃあそっからどう逸れるか?どうひねるか?みたいな考え方をするんで。そういう意味では同じジャンルのもので自分が面白いと思うものを何個か見て、その中からそうじゃないモノを選んでいくっていうか。かぶらないようにする為に見るっていうみたいなね。

―そうして選ばれたせいなのか、作品読んでると「羽生生さんってこういうのが好きなんだろうな」って思わせる要素が多いですよね。

自分でも偏ってるなと思いますけどね。
やっぱり入れるんだったらね、嫌いなものじゃない方が描いてて楽しいじゃないですか。

―そういう「自分の好み」っていうのは昔から変わらずですか?

やっぱり、ビックリするお話を作りたいっていう憧れはあったと思うんですよね。
ベタな普通のお話よりは「えーっ?」ってするお話が自分は好みだったんで、そういうモノを見たり読んだりするのは好きでしたね。だから、それを見て悔しいって思って「自分もこうしたい」って思ってやってるところがあるんで。ようは、それを読んだり見たりして満足したら自分で作品を作ろうなんて思わないじゃないですか。それを読んで「チクショー」って思うから「俺も違う感じでやってみたい」って思うから作るわけであって。そうじゃなかったら自分が作る必要なんてないわけですからね。人の作ったものを読んだり見たりして「楽しい」って思ってりゃ済む話ですから。

―そういうので影響を受けたものってのはあるんですかね?

影響は・・・まぁ見たもん全てに受けてるとは思いますけど(笑)
わりとこういうインタビューを受けると、その時その時に興味のあるものを言っちゃったりするんだけど。後から考えると「今はそうでもねぇな」とか思うのがあって、なかなか言えないんですけどね。(笑)

―なるほど(笑)でも羽生生さんの作品は読んでると、
人間の心理や心情を重視されてるような気がするんですよね。


そうですね、やっぱり自分が作ったお話の中で、この人がどう行動するかって考えると「そいつがどう思うか?」から考えざるえないってのはあるんですけど。

―それを引き立たせる為になのか、キャラもある種異常な方が多いような・・・

たぶんそれはキャラクターありきじゃなしに、物語の役に立つためのキャラクターだからじゃないかと思います。
お話として機能すれば、ようは「そんなヤツいねぇよ」みたいな奴でも全体として話が動いていけばいいわけだから。変わった形の歯車でも、まぁ良かろうみたいな感じで。
それをキャラクターだけ見ると「なんだこれ?」って形になるんだと思うんですけど。
それが結果的に狂った奴ばっかだということなんですけどね(笑)

―ははは(笑)狂った奴が好きなんですか?

自分自身がつまらない人間で、ハジけられないんですね。だからハジけられる人に憧れるってのがあって。例えば昨日もちょっと話してて、例えば楳図かずおさんって漫画も素晴らしいですけど、存在自体が面白いじゃないですか?そういう人に憧れはあるんだけど自分はそうなれないというのがあって。だから、憧れがあるからこそ、そういう人を作品で作りたいっていうのがあるかもしれませんね。ある意味、変身願望の変形っつうか、自分がもっとビャーッとやりたいけど現実に出来ないから作品の中でやってるのかなとも思うんですけどね。

―でも、なぜビャーッとハジけた人に憧れをもつんでしょうかね?

多分自分の思ったことを上手く表現出来ないって言うのがあって、例えば口ごもっちゃたりとか「ちょっとスミマセン」の一言が掛けられなかったりとか、そういう自分の性格のもどかしさを何とかしたいんだけども現実では上手くいかないから・・・とかいう事だと思うんですけど。

―結構、そういうことで損をしたことも・・・

でも、結果的にはそれを使って今メシを食ってるわけだからね(笑)
まぁ、いいかなとは思うんですけど(笑)
わりとそう現実でモヤモヤしたことを、作品にぶつけるみたいなところもあるのかもしんないっすけどね。

―あぁー、なるほど。

単純に周りの問題って言うか、人殺したいけど殺せないから作品の中で描くっていう人もいるでしょうし、そういうのと形的には似てると思うんですけど。そこまでハッキリと分かりやすい欲望ではないんだけど。
やっぱり人前に自分の名前をつけて作品を出すってことは多かれ少なかれ「オレを見てくれ」みたいな事じゃないですか。これは物語にせよ、サイトを作ったりミニコミを作ったりとかと一緒ですけど、作ったモノっていうのはようは「オレはこういう者です、これを見て下さい」っていう証拠なわけで、見せたくない人はずっと自分で考えてればいいわけだから。でも「やっぱり見せたい!」ってのは、人に知ってもらいたいってのがあると思うんですけどね。

―それを聞いて思ったんですが、楳図さんのような「人物」とは違いますけど、羽生生さんの「絵」は凄く存在感があるっていうか・・・特殊ですよね。

やっぱりその辺はある程度意識的に・・・。「悪目立ち」というか、比較して目立たないと、お面白がられるにせよ嫌われるにせよ、差がないと存在価値が無いっつうか。
多分マンガが普通に好きで「僕もこういうの描きたいな」みたいな、そういう素直な人だったら自分の好きな作家さんの絵を勉強してそれと似たような絵を描くとかいうルートになるかもしれないですけど、自分がやるときには「お話をとにかく人に伝えたい」ってのがまずあって。絵はもちろん好きですけど、ようは手段でしかなくて、ものすごく自分が器用だったら色んなタイプの絵を描いたりするんだけど、たまたま絵が上手くなかったんで。オリジナリティを出そうとした人のような真似したいんだけど、自分もオリジナリティを出そうとして・・・みたいな結果がああいう目立つ感じの絵になった事だと思うんですけどね。

―その個性的な絵の上に、凄く個性的なキャラが出てきて・・・だけどそれが上手く調和されて作品がより際立ってるような気がします。

作品内で整合性だとれていれば、作品としてはこっちは問題無いわけですよね。
人が見て「うわ、何だコレ?」って思っても、その作品の中でちゃんとキャラクターが機能して、物語もちゃんと自分が言いたいことを言ってれば、それで成立してると思うんですよ。もともと週刊漫画とかでアシスタントをいっぱい使って、先生がメインのキャラだけ描いて、あとはアシスタントの人が全然違うタッチでみたいな漫画とかあるじゃないですか?ああいうのが苦手で。全部その世界を自分でコントロールしたい欲望から始まるわけだから、全部自分が描きたいってのがあって。それが結果的に「どんだけ自分がしたいんだよ」ってくらいに、自分の個性みたいなものが出ちゃうって事になるんだと思うんですけどね。


創作意欲の原点


―アシスタントで思い出したんですけど、羽生生さんは人付き合いが苦手だとか・・・

そうそう、人となるべく接しなくても生きていける仕事つったらこういう仕事しかないって事だと思うんですけどね(笑)

―それでこういう仕事を選んだのに「何でアシスタントのことで頭を使わないといけないんだ」って羽生生さんが言ってたって聞いたんですけど(笑)

確かにね。だからアシスタントを使ったことほとんど無いですしね。
今でも使う気は無いですし、出来る限り自分でやりたいと思ってるし。

―やっぱり人付き合いってやつが苦手なんですかね?

たぶん自意識が過剰ってのがあって、ようは自己愛の裏返しみたいなもんだとは思うんですけど。自分がヒドイ目にあったり悲しい目にあったりするのが怖いんで、それを防ぐ為にそれを治そうって手もあるけど、自分はただなるべく距離を人と接しないようにするっていう選択肢を選んだことだと思うんですけどね。

―そういうのが過敏になったのは学生時代とかですか?

そうですね。何かね恥ずかしさっていうか、「恥ずかしい」っていう感情がもの凄く大きくなったんですよ。その思春期に、ホルモンバランスが(笑)

―はははは(笑)


何かあの、自分の見てくれが恥ずかしかったり、自分のやることが恥ずかしかったり。
そういう感情を持ったときに、でも自分を知ってもらいたいってのがあって。
自分が好きだから「自分はこういう人です」って言いたいけど自分を出すのが恥ずかしいってのがあって、その鬩ぎ合いの結果「じゃあ自分の作ったモノを出して、自分はこういう者です」っていう選択肢を選んだんだと思うんですけど。
たぶん自分が好きなのは皆一緒だと思うんですけど、自分を出す事が好きならば役者であったり音楽であったり実際に自分が人前に出て初めて成立する媒体を選ぶと思うんですけど、「自分が出たくないんだけど自分を知ってもらいたい」みたいな。

―じゃあ、クラスで皆の前に出てワーワー言ってるグループには「こんな奴とは友達になれないな」って思ったり?

いや、小学校の頃はウワーってやる方だったんですよ。途中で羞恥心が生まれて、そのまま自分を上手く出せなくなって。ホントだったらウワーってやるはずだったんだけど、それが出来なくなったってところから「何か作りたい」って思うようになったんですけど。
だからウワーってやる人達は羨ましいわけですよね。

―だけどウワーってやったら「人からどうみられてるのか?」ってことに気付いてしまった

自分の見てくれが恥ずかしいとか気付いちゃうと、やっぱり引っ込みたくなった事なんだろうけど。

―なんか僕もありました。見てくれが気になって、そういうコンプレックスを抱いて。
そしたら親に「なに鏡ばっかり見てんだよ」とか言われて・・・そういうつもりじゃないのに。


大多数の人はそれに折り合いをつけていく訳じゃないですか。そういうのがだんだん解消されて普通の人間関係を作ってくんだろうけど、やっぱり出たい心と引っ込みたい心と両極端があったが故に最終的に人に何か作ったモノを見せたいってのを選んだんだと思うけど。

―でも、そこから創作意欲とういものが生まれたんですかね?

そうですね。ハジけられる人に憧れたっていう、多分そこからだと思うんですけど。
自分が思った通りにビヤーッてやってたら、モノを作る気持ちにはならないだろうし、人が作ったものを読んだり見たりするだけで満足するだろうけど、そう出来なかったが故作らざるえなかったとうか。これを描かないと犯罪を犯しちゃうとか、そこまで極端なものではないですけど何か作りたい人たちって多かれ少なかれ、どうしてもやらないと気が済まないところがある訳じゃないですか。それの度合いの問題だと思うんですけど。

―「何かを作ろう」と思って最初に選んだ手段は何だったんですか?

小さい頃から絵は好きで描いてて、多分最初に書いたのは子供の雑誌に載ってるゴレンジャーの漫画を見て「こういうのを描きたい」と思ってゴレンジャーの続きの漫画を描いたりして。
一応、漫画っていう表現手段ってのはあったんですけど、自分から明確に何かを作りたいと思ったのは高校の時に8mm映画同好会に入って。高校を選んだのも8mm映画同好会があったっていうのもあるんですけど、そこに入って映画を撮ったのが「人前に何かを見せる」っていうので最初だったのかな。

―そのときは1人で作るんじゃなくて何人かで?

そう、友達と一緒に人に頼んで協力しながら作るっていうのを経験があって、それがやっぱり学生のしょぼい映画だけど人集めるのとか大変なわけですよ。スケジュールを合わせるだのとか。そういうのがあって面白いんだけど大変だから、やっぱり自分1人でやりたいっつうのがあって(笑)でも物語を語りたいっていう欲望とのバランスをとったうえで
漫画って手段が一番自分にあったって事だと思うんですけどね。

―絵も好きだし、1人で出来るし。

そうだよね。



漫画家になって

―そういった人付き合いっていうのも最近は?

調子がいいと調子に乗るタイプなんですよ、調子に乗ったあと自分で振り返ると「何であのとき調子に乗っちゃったんだろ」って後悔するみたいな。それの繰り返しで。
でも、いい歳こいてもうオッサンになってきたら恥ずかしいは恥ずかしいままでいいやみたいなツラの皮が多少厚くなったってのがあって、それほど極端に悔やんじゃうことはなくなって。しかも有り難いことに作品がある程度人に知ってもらったんで、自分を紹介するのが楽になったっつうか。例えば恋の門って言えば「あぁ」っていう人がいる訳じゃないですか、それで自分を説明する手間がはぶけた。
今こうして話してても分かるように、まどろっこしいじゃないですか?オレの話って。

―ははは(笑)

一を説明する為に十を説明しないと気が済まないみたいな喋り方なんで、人に思ってることを伝えるのが上手く言えてるのかすら分かんなくなっちゃうくらい訳分かんなくなっちゃうんで、そういうのを説明するのが恥ずかしいとかいうのもあると思いますけど。
それを説明せずに「私はこういう者です」「こういう作品描いてます」って言った時に「あぁなるほど、あの人」って話が終わるっていうのが、だいぶ楽になって。
一応、引っ込んだままじゃダメだと思ってわりと最近は積極的に人前に出ようとしてるんですけどね。だからモンタージュ受けたものそういうアレだったんですけど(笑)※3

―はははは(笑)

「もう、いいオッサンだから恥ずかしい思いしてもいいか」っていうようなね(笑)
若いもっとモテたい気持ちが満々も頃だったら自意識が過剰でえらい事になってたと思うけど、今更どうにもなんないからいいやって諦めがあるから逆に人前に出れるようになったっていう。

―オトコ独特のモテたいってのはありますよね。

カッコつけたいんだよね。
・・・でも人と話すときに目を見るのは苦手だからほとんど見たことないんだよ。
だから顔が覚えられなくて、そういう弊害があるんですけど。(笑)

―でも漫画を描くのに人間観察とかはされないんですか?

だから人が話してるのを見てる。傍観者なんですよね、人間関係において。
そこで何がおきてるか見ていたいから参加はしたいんだけど、真ん中に出されると「いやいやい、チョット」って(笑)で、黙って人が何かやってるのを見て「あ、なるほど。こういう事してるんだ。」っていうのをパクッてそれを形にするみたいなね(笑)
そういうのが好きなんでしょうね、人の話を聞いてるのが。

―そうやって人の話をい聞いて、アレをこうしたら面白そうだなって漫画にしたり?

というよりも現実世界でいいのがあったら全部パクッてやろうみたいな具合なんで(笑)
だから俺と話してると「漫画にするんだろう?」って言われますし、実際に結構ネタにしたりしますからね。

―最近は面白い素材はありました?

あのね、忘れちゃうの作品にしちゃうと。だからもう作品か現実か分かんなくなって。
ホントかどうかは関係無しにネタとして面白ければいいやってあるんで、わりと本当にあったことを忘れていっちゃうんですよね。例えばこういう事があったって人に説明するときに、自分で勝手に頭の中でつくり変えて言っちゃったりするんで現実が伝わってないときがあるんですけど。言ったことと違うじゃねえかって事をわりと人に言っちゃったりする場合もあるんですよね。

―下手すると、嘘つき呼ばわりされちゃいますよ。

そうそう、だからそうならない様になるべく前に出ないようにして。

―でも色々な意味で、漫画という消化できるモノがあって良かったですよね。

いやホントに。偶然の積み重ねでしかないですからね。たまたま今のところ商売になることが出来たってだけの話ですからね。今が1だとしたら、99上手くいかなかった可能性もありましたからね。本当にたまたまとしか言いようが無いですよね(笑)

―もし漫画家になれてなかったら・・・

そう。まだ高校出て専門学校もちょっと行って途中でやめて田舎に帰ったときに、家で昼間っからネコを抱いてボーっとしてたら親に「昼間っからネコ抱いて撫でてると、近所っからキ○ガイだと思われるからどっか行け!」って言われて(笑)それも結構ショックで。
多分、そこが分かれ目だったと思うんですよ。
俺は引きこもりでいいやって思ったら親に迷惑をかけながら平気な顔して生きていられたんだろうけど、それをするほどの勇気もなかったっていうか人目を気にする恥ずかしさがあって。だからカッコつけようとしたんですね、それで家を出て友達の家を居候しながら漫画描いて。そしたらたまたま引っかかって。
友達が就職したり大学行ったりしてる中で、何もせずボーっとしてることが恥ずかしいと思えたからこそ先にいけることが出来た。


最近は

―今はもう漫画のことばかり考えてるっていう感じなんですか?

もうホントにとにかく次が作れればいいやって感じです。どうこうドカーンといこうとか全然無いですし、自分がやりたい事がなくなるまで作り続けられりゃそれに越したことは無い。最低限の家族がメシを食えていけるぐらいの金になれば、それで自分が言いたいことを言ってられりゃ越したことは無いって感じですね。

―漫画に平行して何か違うことをしてみたいっていうのはありますか?

余裕が出てきたらそういう気持ちが起きるのかもしんないですけど・・・。
でもね、しりあがりさんを見てて羨ましいなって思うことはあるんですよ。
しりあがりさんは色んなことをやってらっしゃるじゃないですか?余裕があったらそういうのをしてみたいってのはあるんですけどね。
僕はあの漫画家バンド大戦※4に出る漫画家さんの、特に青林工藝舎とかで描いてる方々って自分から色んな事を積極的にやってくんですよ。花くまさんもそうですけど、自分から持ってったりするじゃないですか話を。そういう積極性を凄く羨ましかったりして。
そういうのに影響されてマネするかもしんないですけどね(笑)

―この指とまれの人間になるのは苦手といった?

人が何かやってると知らないうちに近づいてって、何にも言わないんだけど後ろについてって「あれ、いたの?じゃあやってみる?」「あ、そう?」みたいな感じで参加したいタイプなんです。河井克夫さんとかも自分で色んな事をガンガンやってくタイプの方で、そういう人の周りにいると知らない間につられてやらしてもらったり出来るんじゃないかな?ってズルい考え方なんですけどね(笑)

―河井さんは漫画家になるときから、そういう人間になりたいって思われてたそうで

漫画描くより、そういうのが好きだって自分から言ってましたからね。

―「職業を聞かれたら何か分かんない」っておっしゃってました(笑)

何かメインのモノが無くて、余分なものばっかり出てくるって自分で言ってましたけど、
それこそ才能だと思うんですけどね。色んなことが出来るっていう。
河井さんと話してて、俺はちゃんと一本「漫画」って筋が通ってることをやってて羨ましいですねって言われるんですけど、こっちからしてみれば色んなことが出来ないからコレをやってるんで、逆に河井さんみたいな方は羨ましいなって思いますけどね。

―「漫画」という表現を選んだものの、「漫画」でしか表現できない自分に・・・(笑)

そうそう(笑)自分がやったことで自分がモヤモヤして、またそれを餌に動いていくみたいなね。やっぱ表現するって自分の葦を食べながらやってくようなものなんで、多分喰い切っちゃったら無くなっちゃうだけなんですけど、なかなか喰い切れないじゃないですか。
ようは自分の出した糞を食いながら生きていくみたいなもんで、栄養が無くなるまでは食い続けるしかないんだって。

―無くなったら別の餌を探さないと?

本当に喰い切ったってまでやり続けれればいいですけどね。わりとそこまで行けずに終わっちゃうことが多いじゃないですか?みんな途中で、志半ばで死んじゃったりとか上手くいかなかったりとか多いんで。とりあえず目標っていうか、とにかく「終わるまでは続けていたいな」って思い続けるしかないんですね。

―羽生生さんは、自分のやりたい事が出来るように、誰にも邪魔されないように「漫画」えを選ばれた訳がですから、やり遂げられそうなタイプだと思うんですけど。

自分の明確な主張をしないくせに、自分の意見を変えなかったりするんですよ結局(笑)
「意見あんのか?」って言われて「いや、別に・・・」って言うんだけど、「こうしろ」って言われたら「嫌です」って(笑)。「じゃあ何がしたいんだよ」って聞かれても「いや、分かんないっす」って言うんだけど、人にやれって言われたことは「出来ません」ってなっちゃうんだよね。剛情なんだか、優柔不断なんだか自分でもよく分かんないんですけど(笑)

―じゃあ担当さんと言い争ったりも多いんですか?

でもね、担当さんに作品を見せるっていうことは最初に見せる他人じゃないですか?
その人に通じなければ他の人には通じないって事だから、その人が分かるように直さなきゃいけないっていうのはあるんですよ。そこで自分の意見を通してソレが外に出ないか、「ココを直せ」って言われた部分を許せる範囲で直して人の前に出してもらうかどっちか選べって言われたらやっぱり人の前に出したいから。ようは最低限の譲歩をして人の前に出すことを選ぶんですよね。そういうところはズルい計算をしてると思うんですけど(笑)
でも商業作家ってそんなもんじゃないですか、そこを折り合いつけないと商品として出せないから。

―むしろ、その感覚がないと漫画家にはなれないって事ですかね。

それが出来なきゃ同人誌で描いてりゃいいだけの話ですからね。


最後に読者に・・・

―羽生生さんは読者にどう読んで欲しいとかはありますか?

まぁ当然おもしろがってもらうのが一番なんですけど、たぶん一番根底にあるのは「知って欲しい」ていうか「自分のことを分かって欲しい」みたいなのがあると思うんで、気持ち悪がられようが何だろうがいいんですけど、とにかく見てもらいたいってのが大きいと思いますね。見てもらったらそれを「何だこりゃ」って言われようが「ウェッ」って言われようが構わないっつうかね。出すこと自体が目的で、それを判断してくれるのが読んでくれた人ですからね。見てもらっただけで自分の目的は達成してる。

―じゃあもう作品がどうのこうのってよりも「それを描いているのは羽生生純だ」って知ってもらえた方が?

多分ねそういう自己愛だと思うんですけど(笑)だって訳のわかんないペンネームつけてる自体で知って欲しさ満々じゃないですか(笑)
「えっ!?」て思われたいってのが一番あると思うんですよ。「こうである」って言うほどハッキリ何かがある訳でなくて、「俺はこう思ってます」ってのをとにかく人に出したいってのが大元なのかなと。

―でも、伝えたいものをちゃんと伝わってるか、間違って解釈されてるかっていうのは読者次第ですもんね。

理解されなかったってのはこっちの表現力が足りないっていうことだからあれですけど、解釈の仕方が色々あるってのは全然当たり前のことだと思うんだよね。こういうのを提供させて頂きましたってのが自分のやりたい事だから。

―それが読者の記憶に残ってもらえればいいと?

心に傷をつけたいっていうかね(笑)
「嫌なもん見ちゃったな」って思われても、ちょっとでもキズが残ればやった価値はあるかっていうことですかね。

―足跡よりも傷ですか(笑)

うん(笑)


※1 
羽生生さんとタイムさんは同じコミックビームに連載していることもあり、普段より親交がある。
※2 
羽生生純著『恋の門』は主人公の蒼木門を中心に「漫画家を目指す」というストーリー展開をしていく。
※3
07年10月2日にmontageにてマックスパワー企画の漫画家トークイベント第二弾にて
羽生生純氏に出演して頂きました。(共演:しりあがり寿氏 タイム涼介氏)
※4
漫画雑誌「アックス」(青林工藝舎)等に執筆している漫画家さんを中心に繰り広げられるバンド対決イベント。08年4月20日にmontageでも大阪版が行われました。

羽生生純

'漫画家 1970年生まれ 1992年デビュー
代表作
『アワヤケ』 『青 -オールー-』 『恋の門』
『1ページでわかるゲーム業界』 『ワガランナァー』
『サブリーズ』 『強者大劇場』
羽生生純HPhttp://homepage2.nifty.com/hanyu-new/

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