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石原まこちん氏インタビュー

10/01/24 17:36

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『THE3名様』(2000~2007年、ビックコミックスピリッツ)
といえば知る人も多いでしょうが
これといったストーリーはなく、
フリーターの3人組がファミレスでダラダラと喋ってるだけの漫画であります。
実は作者自身も
就職した会社を3日で辞め、その後漫画家になるまでフリーター・ニート生活だったんですね。
だからこそ描けるリアリティが読者に共感を呼んで
ただ喋ってるだけの漫画が、これほど人気を博したのか?

もしくは、別の何かが・・・?

ということで、今回は漫画家:石原まこちんさんにインタビュー!


その1:何故、自伝作品が多いのか?


―自伝的な作品が多いのは意図があるんですか?

昔はキャラクターを作ったり物語を描こうと思ってたんですよ。
分かりやすく言えば「現実離れしたヒーロー漫画」とか。
一応そういう作品もヤンマガとかに何度か載ったことはあるんですけど・・・
描けない事に気づいて(笑)

―はははは、気づいちゃったんですか?

「別にオレ、こんなヒーローいて欲しくないし」って。(笑)
そんなに夢見てないんですよね。
だから、だんだん自分もつまらなくなってきちゃって。
物語を実際に自分が作って描くとなると、どうもこう・・・・

―それはまた、どうしてですか?

どっかで「面白くないな」って思いながら描いてるんですね。
デビューした頃も
編集さんに「こうしたら良い」なんて言われながら描いてたんですけど
それ自体がつまらなくなってきちゃって。
・・・というか、面倒臭くなっちゃって(笑)

面倒臭かったんですね。(笑)

「これ、18ページとか週刊でやってたらオレ死ぬな」って思って(笑)
そっから転げ落ちるように楽な方、楽な方へと。
そういう時に自分のファミレスでの生活をネタにするのが
一番楽じゃないかなと思ったんですよ。
それに、ファミレスって背景が必要ないじゃないですか?

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THE 3名様
著:石原まこちん
※後に、佐藤隆太・岡田義徳・塚本高史のキャストで実写化される。
―じゃあ「楽して描ける漫画」を求めて『3名様』が生まれたんですか?

そうそう(笑)
自分の生活に一番近い作品を描いたのが3名様ですよね。
3名様のネームを描いてた時っていうのが
タイミング的に雑誌に穴が空く事が分かってたんです。
「ここで狙わないとスピリッツに載るのは時間が空く」っていう時だったんです。
だから編集さんにも「10本くらい用意して来い」って言われてて。
そこでバァーって描いた中に3名様のネームが5本くらいあったんですよ。
「今日あったこと」みたいな感じで描いたのが(笑)

―じゃあ『3名様』が連載されてた時、ちょうど世の中ではニート問題とか話題になってましたけど、そうしたメッセージ的なものは・・・

全く無いですね!(笑)
もぉ、何~も伝えたい事なんてなくて。

―やっぱり!(笑)

そうそう(笑)


その2:漫画との出会い

―そこで今回は、まこちんさんを構築した部分を聞きたいなっていうのがありまして。

なるほど。

―漫画を描き始めたのはいつ頃からですか?

小学校ですね、全部パクリで。

―パクリで?

「北斗の拳2」とか「キン肉マン2」とか
他にもドラゴンボールをパクったりして描いてて。
でも僕の中では漫画って「キン肉マン」と「北斗の拳」以降止まっちゃってるんですよ。
生意気に聞こえるかもしれないですけど、ほとんど読んでないんですよね。

―じゃあ、漫画を読んでたのは小学校まで?

そもそも漫画をちゃんと読み始めたのが中学2年くらいからなんです。
それまでは絵だけを見てて。
だから「クラス1ジャンプを読むのが早い男」って呼ばれてて。

―そりゃ、読んでないですもんね(笑)

そうそう(笑)
中2から高3くらいまでは一番読んでました。
その頃は何でも読んでましたよ。

―好きな漫画とかありましたか?

玖保キリコさんとか僕は好きだったんですよ。
『いまどきのこども』とか『シニカルヒステリーアワー』とか
ああいうカワイイのが好きだっていうのがどっかあって。
今考えると「それに近いモノを描きたい」っていうのがあったと思うんですね。
あと心入れて読んでたのは「ゴリラーマン」だけですね。
でも・・・
何か変な話ですけど
その頃にホントに面白いなって思うものが漫画では無かったんですよ。

マーベル・コミック(Marvel Comics)
ニューヨークに本社を置くアメリカの漫画出版社。

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ザ・シンプソンズ(原題:The Simpsons)
アメリカ・FOXテレビで、1989年の放送開始から放映されているアメリカ史上最長寿番組のテレビアニメシリーズ。 (左より)父:ホーマー・シンプソン、母:マージ・シンプソン、妹:リサ・シンプソン、兄:バート・シンプソン

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ビーバス&バットヘッド
(原題:Beavis and Butt-Head)、1994年からMTVによって放映され全米で人気と非難を博したテレビアニメ。 左:ビーバス、右:バットヘッド

ミルハウス
シンプソンズに登場する、バートの親友。気弱な苛められキャラ。
―漫画では?

その頃に面白いと思っていたのが
ザ・シンプソンズ※とかビーバス&バットヘッド※とか海外のアニメが凄い好きだったんですよ。
その頃はマーブルコミック※でX―MENもカラーで載ってたり
なんか漠然と「アメリカ=格好イイ」みたいなのがあったんで。(笑)
高校生の時もバックスバニーとかカートゥーンみないなのがホント好きだったのですよ。

―そこでですね・・・・コレを持って来まして。

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うわ、出た!!
このアニメはホント凄いですよ!!

―実は僕もシンプソンズとかビーバス&バッドヘッドとか大好きでして。

編集さん:ここにもいた!(笑)

いやもう、こんなに面白いモノは無いんですよ。
でもこれは日本じゃ出来ないっていうね。
ミルハウス※なんて本当に良いキャラで!!

―あと、コレですね!

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ビーバス&バッドヘッドは超影響受けましたね!!
この2つ以上に無いかな、僕が面白いって思うのは。

―両方アニメの方からですか?

そうですね。

―海外アニメにはどうやって出会いましたか?

神奈川の友達がいまして、彼の父親がブラジル人でビデオを持ってて。
19才の時にそれを見せてもらってたんですけど
その時に「うわっ!!!!」って。
もうねビーバス&バッドヘッドは最強ですよ。
よく「絵柄的に古谷実さんからの影響が強いですか?」って聞かれるんですけど
実はビーバス&バッドヘッドからの影響なんですよ

―どこが一番影響受けましたか?

やっぱりショートってとこです。
7、8分であんなに面白い話を作れるっていうのと「これでもイイんだ」って。

―あっ、「これでもイイんだ」とは僕も思いました!

ビーバス&バッドヘッドのアニメの「ハナキン大作戦」の巻のなかで
2人がスーパーマーケットに行くんですよ
そこでウインナーが焼かれてんですね。
それ見て笑ってんですよ、チンポみたいだって。
それだけで半分くらい時間を使ってんですよ。(笑)
コレを今の日本の漫画界じゃ絶対に無理じゃないですか?
「もっと話を詰め込めろ!」って。
でも、ホントに僕が面白いと思ってんのはこっちなんですよ。
だってウインナー見て笑ってるだけで時間を半分も使うなんて
「やっぱアメリカはバカだなぁ、面白いな」って。(笑)
そこからモロに影響は受けてますね。

―無意味に殴ったりとかしますしね(笑)

そうそう(笑)
テレビの通販番組でシェイプアップしてる女性のお尻が映って
それ見て「ケツだ!見ろ!」ってだけでお話が出来てますから。
これは日本ではありえないですよ。
「こんなに自由に間を使ってもいいんだ」って。
それで『3名様』で間のコマを増やしたってのは大きいですね。

―なるほど、「間」ですか。

絶対にそこですよ。
あとは「ダメな2人」ってとこですね。
だから『3名様』もダメキャラっていう。

―シンプソンズもホーマーはダメな奴ですからね。

シンプソンズで凄いなって思うのは架空の町を作り上げたっていうトコですよね。
だって原子力発電所で働いて身体が光っちゃったりとか(笑)
あとテレビの世界(シンプソンズの作品の中でのテレビ番組)も完璧だし。
クラスティーとかサイドショーボブ※とか。完璧なんですよ。

※シンプソンズの作品中に出てくるバラエティー番組で司会のピエロのクラスティーと、アシスタントのサイドショーボブ。

だから僕の娘の名前はリサっていうんですよ。

―そこまで影響受けましたか(笑)

長男はバートにしようと思ったんですけど(笑)
さすがにそれは怒られまして。

―そうした大きな影響を受けたのが19才の頃ですか?

そうですね、19才がターニングポイントだったと思うんですよ。
バイトに行ってたときに初めて「変な人」と触れ合う機会が多くなったんですよ。

―レンタルビデオ屋の?

そうそう。ブラジル人を父親に持ってたり、全身タトゥーの人とか。
その人達と絡んでから海外のアニメと出合ったり
梶原一騎的でないものを知っていく切っ掛けになったんですね。

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ソウルトレイン
著:石原まこちん
(講談社)
後に、第50回岸田國士戯曲賞受賞、演劇界の大注目株・三浦大輔が映画化する。
じゃあちょうど『ソウルトレイン』と同じなんですね。

そうですね、でも本当はもっと変なんですよ。
書けないことが一杯あるんでね(笑)
もっとギリギリな人がいっぱいの店だったんで。

※バイトでの詳しい話は『ソウルトレイン』(小説)をご覧下さい。


その3:悪い意味で夢が狭まった

―実はこんなものも持ってきたのですが・・・

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はははは(笑)
編集:はははは(笑)

―ファミコンが好きと聞きまして(笑)いつ頃からハマってたんですか?

小学校2年のからずっと。今でもやってます。

―ちゃんとクリアする派だったんですか?

意地ですね。スーパーチャイニース2とか意地じゃないですか!
僕は病院に担ぎ込まれるくらいやってましたね。
ゲームのやりすぎで熱が出るくらい。

―じゃあクソゲーみたいな斜め目線で楽しむのじゃなくて?

当時は金払って買ってるから
クソゲーって認識が無くて意地でもやってましたね。
懐かしいなぁ~
あ、このファミコンジャンプ!
 
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なんであんなに歩く設定を遅くしたのか?今でも聞きたい。
こんなに素晴しい主人公を集めといて、こんなに歩くのが遅いのか!?悲惨ですよ・・・
今でも手に取ると「なんだかなぁ~」って感情が思い浮かぶよね。

―好きなソフトは何ですか?

ホントに好きなのは60回くらいクリアしてるゲームがあって
ゼルダの伝説のディスクの「リンクの冒険」これは超名作ですよ。
 
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あと好きなのは・・・

(以後、アレやコレやとファミコン話が続きまして。)


―ファミコンとか海外アニメとか色々とあると思いますが
そうしたモノから自分の中で一番構築されたものは何ですか?


だから良くも悪くもホビーで生きられる感じですね。
コロコロがいけないのかな?ダッシュ四駆郎とか。
ああいう「大人になっても遊びで食べていけるよ」っていう。

―信じちゃいますよね。

だから働く気もなくなっちゃいますし。
将来、絶対に「パオパオチャンネル」のアシスタントとかやりたいなって
そういう選択肢しかないんですよ
「タミヤRCカーグランプリ」って番組に「まえちゃん」っていうラジコン名人が出てくるんですけど「オレ、まえちゃんになりてーな」って。
要はコロコロとかそういうお兄さん的な役割の人がいたじゃないですか?
ラジコンとかシールとかミニ四駆とか
ああいう「兄ちゃん」になりたかったってのはありますね。
・・・そういう何だろう?
悪い意味で将来の夢が狭まっちゃたんですね。

―子供の頃ってそれしか見えなくなりますもんね。

その頃の経験が「今でも大人になりきれない」っていうのがあるかもしれない。

※『パオパオチャンネル』、1987年10月~1989年9月までテレビ朝日と静岡県民放送(現:静岡朝日テレビ)で放送されていた子供向けバラエティー番組。
※    『タミヤRCカーグランプリ』、1984年から1999年までテレビ東京系列で放送されていた、田宮模型(現・タミヤ)1社提供のテレビ番組。


その4:生きるために漫画を描いた

―じゃあ、いわゆる「まんが道」を歩み出したのはいつからですか?

小学校の頃は描いても、人にはあんまり見せなかったんですよ。
たまに見せても「読めねぇよ」って字が下手って言われたり。
だから・・・高校1年の時かな。
ヤンキー高校に行ったんですよ、頭の悪い奴等が行く高校。
そこである種の満賀道雄ですね
ヤンキーに「お前、漫画描けんのか?」と。
そんで「マンガ見せろよ!」って。(笑)
だから今より全然ペースも速くて月産枚数は多かったんですよ。

―それは自分を表現したいというような?

いや、表現とかじゃなくて「生きるため」。

―生きるため?

漫画でも描けなかったら、ただのパシリにされちゃうんで。
本当に悪い高校だったんで
何かの「能」が無いとサンドバックにされちゃうんですよ。
そこで何か1つでも長けてるモノは無いか?って考えたときに
「あ、オレは漫画だ」って。

―そこで漫画が出てきたんですね。

例えば、楽器とかだったら「生意気だ!」ってボコボコにされるかもしれないじゃないですか?
だから、ある種のハムスター的な?っていうか日陰なモノといえば・・・「漫画だな」っと。
分かりやすいじゃないですか?
ヤンキーにしても漫画描いてる奴は非力だと思うし。
漫画が一番身を守れるかなって考えたんです。

―漫画はウケたんですか?

ウケたんですよ。
最初はギャグで「おもしれー」なんて言われて。
まぁ、精子とか出しときゃ笑うんですけど(笑)

―そこで自分のポジションを保ったと。

だけど、ある日ヤンキーが「オレの漫画描けよ!」って言い出して。
それが世田谷でワルで有名だった人でして、
今の「ROOKIES」の本物みたいな人ですよね。
僕はヤンキーの事情なんて知らないから
彼が他の高校の奴をボコボコにしている漫画を描いてたですね。
それが問題になっちゃって・・・

―問題?

漫画が回覧板みたいに回っちゃって、それが何かの拍子に他の高校にも渡って。
それを見て「オレがボッコされてんじゃん?」って。(笑)

―漫画でボコボコにされてる本人に回ったんですか?

そう・・・ボコボコにされてる人に。
また僕も写真見て描いてたんで、そこそこ似てて。
あれは怖かったですね・・・
僕、本当に拉致られたんですよ。

―えぇ!?

校門で待ってたんですよ。
「まさか僕じゃないだろ?」って思って
「あ、どもぉ」何て言って通ろうとしたら
「おい、コラ!」って。
それでバンに乗せられまして・・・遠くの所まで連れて行かれて。
お金的なモノを要求されて
「お前、今後こういうモノを描いたら・・・家も分かってんだぞ」って。

―うわぁぁ・・・

でも、僕はその時点で大泣きしてたんで(笑)
向こうも
まさか男子がここまで泣くとは思ってなかったみたいで解放されたんですけど。

編集さん:結構、笑えないシュチュレーションですね。

だって、僕は関係ないじゃないですか?
「万引きもした事がない僕がなんで?」って。
週に2,3回そんなことがあって。

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ぼくのニート道―ニート取扱説明書
著:石原まこちん
(新潮社)
※まこちんさんの小学校~ニート時代を詳しく知りたい方はこのエッセイを。
―まんが道でも「ヤンキーに拉致られる」ってのは無かったですもんね。

藤子先生もそこは教えてくれなかった。(笑)
でも、思い返すと中学校より高校の方が全然面白かったですね。

その5:そして、漫画家へ

―初めて投稿したのは?

卒業してからですね。「何かしなきゃいけない」って。
で2回目に投稿した時に佳作を頂いて。

―その投稿しようとした切っ掛けは何だったんですか?

当時の彼女が・・・っていっても今の嫁なんですけど。
1年間海外に行くってことになって。
「その1年間に、何か1つやり遂げてたら付き合ってあげる」って言われたんですよ。
で、「じゃあやろうかな?」って考えて漫画家になろうと思ったんですよ。
もう完全に受け身(笑)

―でも良い女性じゃないですか、男を上げてくれる。

今も昔も変わらなくて、凄いんですよシゴキが・・・

―高校の時はヤンキーに言われて「生きるため」に描いて、
投稿の切っ掛けは彼女に言われて「付き合うため」に描いて・・・


そうだなぁ・・・今、自分で思い返してもそうですね。
僕はもともとそういう星の下に生まれたんだなぁ。

―追い詰められて描くっていう

ほんと全部追い詰められてますからね。
だから、仕様が無くいうのは大きいかな。

編集さん:締め切り無いと何もやんないですもんね

やんない、やんない!絶対やんないね!
あってもギリギリまでやんない。
そうなんだよなぁ・・・

編集さん:不思議なもんすね

締め切りが一ヶ月後って言われても3日前くらいまで全然動かなですしね
むしろ「もうちょっと締め切り延ばせないかな」って思っちゃうし。

編集さん:一ヶ月後ならあと10日くらい延ばせるかなって?(笑)

そうそう(笑)ほんとヤバイですよね。
だから何ていうか「表現したい」とかそういう考えは無いんですよ。
アーティストっぽい感情は無くて、どっちか言うと職人気質なんですよ。
発注されてとか、頼まれてっていうのが身に合ってるんです。

―「こういうの描いてくれ」って具体的に言われた方がやりやすいと?

そうですね、そこに自分のテイストを入れるみたいな。
なんかアート系な発注のされ方が一番困るんですよね。
やっぱり「表現したいもの」が無いんですよ。

編集さん:表現するヒマがあったらダラダラしたい?

そうですね。
表現するよりも人がつくったモノで遊ぶ方が好き。(笑)

― 完 ―  


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GENGO
著:石原まこちん
(扶桑社)
【後記】
今回は僕もシンプソンズ、ビーバス&バットヘッド、ファミコンとかが好きだったもんで途中大きく話が逸れてしまいまして・・・
気がつけばお店の閉店の時間が近づきまして、いや申し訳ありません!
そもそも、まこちん作品は自伝的な作品が多く
それらを読んでる人はまこちんさんがどんな人なのか?という想像はつくと思いますが
実際にお会いして僕が感じたのは・・・・そのままの人です。(笑)
今まで色々と漫画家さんにお会いしてきましたが
自身の体験や考えといった「リアル」を作品に
何らかのカタチで投影し作品をつくる方が多いんですね。
その中でも、まこちんさんは
自身のリアルを「素直にそのまま作品に投影しちゃう」タイプなんでしょうか?
だからこそ自伝的作品がベストなカタチなのかなと思いました。
(または「何らかのカタチ」にするのが面倒なだけかもしれませんが・・・)
でも、実体験という事は言い換えれば「等身大で描いている」という訳ですから
作品には絶対に作者の『魂』の部分が入っていると思うんですね。
だから、まこちん作品は面白いのじゃないでしょうか?

で、後半でもありましたが漫画家へなる部分のエピソードが『GENGO』にて描かれている最中であります。どうぞ皆さんもご覧下さい。

そして僕としましては
まこちんさんはこれからもどんな実体験、いや「生き様」を描いていくのか?
今後も注目であります!

石原まこちん
1976年東京都生まれ。趣味ファミレス、駄菓子、ゲーム。代表作に『THE3名様』(小学館)、『一服いきますか!!』(実業之日本社)、小説 『ソウルトレイン』(講談社)、川柳集『ニートとね自分で言うのは違うのさ』(太田出版)など。18歳の春に就職、18歳の春に退職。数年間のニート生活 を経て漫画家に。現在、「コミックバンチ」で旅に出ない旅漫画「トリッパ」を、「SPA!」で自伝漫画「GENGO」を連載中。
『ソウルトレイン』は1997年に映画化、『THE3名様』『一杯いきますか!!』はDVDシリーズとして映像化もされている。

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