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見ル野栄司氏インタビュー「見ル野栄司の男泣き」(1/3)

11/05/21 12:00

interview_miruno

昨年、「シブすぎ技術に男泣き!」にて
販売10万部を突破のヒット作を出した
漫画家:見ル野栄司さんにインタビュー!!

長年、不遇な時代が続いただけに
このヒット作で何が変わったのか?

ギャグだけで勝負を続けてきただけに
「エッセイギャグ」というジャンルで
ヒットが出た事にどう感じているのか?

その辺りの心境をお聞きしてきました。





1 『シブすぎ』までの男泣き



― エッセイギャグを描こうとされた経緯というのは?

本屋さんに行くと分かるんですよ。
大手出版社のコミックしか平積みされてなくて、
小さい版元から出た新人さんの本とかはスグに棚にさされちゃうんです。
僕のレベルもそうなんですよ、入荷したその日に棚にさされて誰にも気づかれない。
POP描いたりサイン本描いたりしても一緒でね。
でもさ、実用書のコーナーを見てみるとエッセイ本はドッサリ置かれてるんですよ。
エッセイ本ってのは専門の職種とか主婦モノとかワンポイントに絞ったものを
中小企業の出版社が狙ってるんですね。
それを見て「あぁ・・・そういう事なのか」ってわけ。
そこで早速持ち込みに行こうと思って
今まで描き貯めてたモノをそれっぽい出版社に持っていったの。
じゃあ、たまたま通ってね。

― それで「シブすぎ」が生まれたんですね。

それに書店さんの営業力もあったんですよ。
書店さんも「見たこともないエッセイ漫画だな」ってビックリしたみたいで。
やっぱり、書店さんに気に入られるっていうのは結構重要ですよね。

― 従来の漫画の出版社と違うところに持ち込みに行ったのが大きかったんですね。

そうですね、あとはWEB連載ですね。
やっぱりフルカラーで描けたり出来るのも見た目が気持ち良いんですね。
さらにWEBだとページ数も関係無いからいくらでも描けるっていう。
しかも経費が掛からないから、本にしやすいみたいでさ。
すぐに単行本化にしてくれたの。

― そういった計算をされたのも、やはり漫画家として生き残っていくことを考えて?

いそうですよね。
とにかく働きながら漫画を描きたくなかったんですよ、時間も惜しいし。
時間さえあれば絵を勉強出来るし、調べものも出来るし、
それには時間がいるってことは、お金もいるでしょ?
じゃあ、お金がいるとなると、それは「漫画が売れる」しかなくて。
だから手段として売れるものを出さなきゃいけないというのは確かにあるんですよ。
それに売れてないとナメられるんですよ(笑)

― でも、やはり「ギャグ漫画で勝負したい」というお気持ちもあったのでは?

ちょっと変わりましたね、ギャグはスパイスとして入れたいっていう感じですね。

― いつ頃から、その辺りの心境の変化があったんですか?

『東京フローチャート』が売れなかった時からですね。
それから出版社さんにも他の漫画も沢山切られまして。
「見ル野さんの本は売れねぇからさ」なんてね。
だから売れなきゃなって思ったっていうか・・・まぁ、時代ですよ。

― 時代?

15年前だったら売れなくても
ピンポイントの3000~4000人位の読者に愛されれば
どんどん膨らむんじゃないかな?って言われてたんだけどね、サブカルは。
ところが今は売れなければ次のチャンスが無いの。
ようするに、俺はチャンスを逃しちゃったの。
ギャグばっかり描いて遊び過ぎて。
だから、とある出版社ではもう仕事をもらえなくなっちゃった。
『シブすぎ』がいくら売れましたなんて連絡を入れても、良い返事は無くてね・・・
まぁ、俺がもっと売れなきゃっていうのと
所詮、エッセイだからっていうのもあるかもしれないけど。
幸い少し時間の余裕がとれるようになったから
ここで頑張って、まともなストーリーギャグ漫画とかコメディ漫画を描いて
数字を出さないと戻れないんでしょうね。

― その当時、ギャグ漫画で連載を抱えていた頃は出版社の方とはどんな感じだったんですか?

例えば、ヤングジャンプでは週刊連載の6Pの為に、毎週徹夜なんですよ。
集英社ビルの2階の会議室のとこで、ずぅ~とネーム考えてるの。
で、担当さんに出すんだけど「ダメだ」って。
いくら出しても納得しなかったり、1つのギャグの事なんかでモメるんですよ(笑)
「これはこうだから」なんてやりとりをやって。
そうやって、いくらやっても半年で打ち切りなの。(笑)

― 厳しい世界ですよね。いま思い返すと何か原因だったとか見えますか?

何かを忘れてたんですよね。
売れるとか関係無しに、ギャグの事ばっかりしか考えてなかった。
ご飯やパンのことを考えてなかったの。
※詳しくはコチラ⇒http://www.gagmanga.com/2011/special/miruno3.html
それで、ヤングジャンプでは
「見ル野さんは多分、売れることは無いでしょう」って。
「はい、そうですか・・・」って事で
それからは他の会社に持ち込みばっかりって感じですよね。

― 持し込みに行くと、どんな反応で?

今はネットワークで
その作家が何部刷ってどれくらい売れたのかが分かるみたいなんですね。
だから、俺が持ち込んでもそれで調べられて
「あぁ、この人はこのレベルなんだ。じゃあ、無いな」ってね。
そういう現実があるんですよ。
何ていうか・・・
やっぱりスピリッツとかヤングジャンプっていうのは
サッカーでいうと
マンチェスター・ユナイテッドとかレアルマドリードなんですよね。
そこに所属していたことは確かなんですけど、
ポジションで言えばワンポイントのMFとかDFかな。
でも、「もういらない」って言われた訳なんですよ。
だから、そこに戻る為には自分のサッカーの力全体を上げるしかないんですよ。
その為にはJ2とかで修行しなきゃいけなくてね。

― そうした、修行の最中はどういった心境なんですか?

結構、ギャグ漫画家ってことで冗談でバカにされるんですよ。
真面目な事を言ってても鼻で笑われたりして、ギャグじゃないのに。
売れないのを売りにしてる人に見られるんですよね。

― 「また、見ル野が言ってるよ」って?

そう、だから「それじゃ駄目だ」って思いが大きかったですね。

― そういう悔しさもあって、まずはチカラをつけて・・・
つまり、ギャグばかり考えるのではなく
「とにかく数字で結果を出さなくては」っていう気持ちに切り替えたんですね。

そうそう。数字って言っても2万部売れたら良い方だなって感じだったんですけど(笑)
だから、とんだばやしロンゲ(※)のように
ギャグだけで戦ってる奴はロックンローラーで格好良いんですよね。

― そういった背景があって「シブすぎ」が生まれて・・・

そこで「シブすぎ」が売れたのは良かったですね。

(※)とんだばやしロンゲ:ギャグ漫画家、著書に「答えは三つ」(小学館IKKI)など。
『とんだばやしロンゲHP』 http://www7a.biglobe.ne.jp/~longe/

見ル野 栄司 (みるの えいじ)

1971年生まれ、漫画家。日本工学院専門学校メカトロニクス科卒業。
半導体製造装置やアミューズメントゲーム機などの設計開発の会社に10年勤務した後に、
2000年『月刊IKKI』掲載の「東京ソレノイド」にて漫画家としてデビュー。
その後、ビックコミックスピリッツやヤングジャンプなどで連載。
代表作に、世界初のフローチャート式漫画「東京フローチャート」「シブすぎ技術に男泣き!」など




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