インタビューイベントマックスブログプロフィールpowered by MAX POWER

三本美治 氏 インタビュー

09/06/09 21:11

2009年7月4日に漫画家イベント第12弾として開催される
「紙―1」VS「紙芝居ウォーズ

7.4告知画像.jpg


そこで今回は

より「紙芝居イベント」を楽しめるように
『紙―1グランプリ』の主宰者である三本美治(漫画家)さんにインタビュー

ご存知の方もおられるでしょう
もともと三本さんは漫画家と別で「ドイツ三本」の名で紙芝居活動をしていたのですね。
その後、「紙―1」を立ち上げることになるのですが・・・

そもそも何故、紙芝居なのでしょうか?



悔しいじゃないですか、
漫画家ってマンガ描いてもキャーキャー言われないし。



―いつ頃から紙芝居を始めたんですか?

 

97・98年くらいに「よいこっち」っていうフジテレビの番組とか

「ちっこいよ」っていう10分くらいに何組もの出演者が出る深夜番組があって

その時にスキンヘッドにして軍服着て『ドイツ三本』っていう名前で「紙芝居」をやってて・・・



―そこが凄く気になるんですけど(笑)そもそもの経緯は何だったんですか?

 

全然そんな深い考えななくて、ただ芸人さんに憧れてたっていう。

 


―あ、そうなんですか

 

悔しいじゃないですか。芸人さんは凄いキャーキャー言われるし。

漫画家ってマンガ描いてもキャーキャー言われない(笑)

だったら舞台とか出たらいいのかな?って。ウケたいっていうような(笑)

芸人さんに対する憧れはやっぱりあって。

ダイレクトに反応とかも帰って来ますし。

漫画はストレートに反応が分からないってのもあるし。

 


―漫画家になった当初から、そういう思いがあったんですか?

 

いやぁ、行き詰ったってのもあるかもしれないですね。

違う方向性の事をやってみたくなったっていうのと

昔からの芸人さんに対する憧れみたいなのがあって。

もし、そういう演芸みたいなのに出るんだったら

絵を生かしたモノをしたいってので「紙芝居」を選んだ。

「紙芝居」って舞台でやれば、最終的にどこも使ってくれなくても、
自分の描きたいものが描けるし、表現出来るっいうのがあるし。

 

 

三本さんの漫画デビュー、そして劇団との出会い

 


―ちょっと遡るんですが、確か三本さんって出身は北海道で?

 

そうですね。

 


―で、デビューは「ガロ」で?

 

91年ですね、22歳の頃ですね。

 


―その時はまだ北海道だったんですか?

 

いや、もう上京してましたね。

その時は唐沢俊一さんが芸能プロダクションを主催してたんですよ。

「大恐慌劇団」っていうお笑いの集団っていうか。

それぞれ個人でやってるんですけど、

集まってやる時にそのイベント名を「大恐慌劇団」っていう名前でやってて。

そこのお手伝いとか、チラシ描いたりとか、

コントの通行人とかそういうのをやってて。

僕が「マンガ描いてる」って言ったら、

唐沢さんが「じゃあ、見せて」ってなって。

で、原稿渡したらそのまま「ガロ」に載ったんですよ。

だから持ち込みとか何にもしてなくて。

もともと「ガロ」は知ってて、北海道にいる時も読んでて好きだったんですけど

たまたま原稿預けておいたら載ったっていう感じで(笑)

ホントにラッキーっていう。

唐沢さんがいなかったら何もなってなかったでしょうね。

 


―変わった経緯ですね。じゃあ、もともとは趣味の範囲で描いてたんですか?

 

いや、完全にプロになろうと思ってて。

実家にいる時にヤングサンデーとかメジャー誌に出したりとかしてて。

そしたら「奨励賞」っていう、

今考えると努力賞みたいな一番下の賞に引っかかっただけで

「あ、もうプロになれる」って思って上京してきたんで(笑)



―随分と思い切った決断で(笑)それはいつ頃ですか?

 

札幌の専門学校に行ってたときなんで19才くらいかな。

その時の「佳作」かな?獲ったのが井上三太さんでして

授賞式みたいなので小学館のパーティーとか行くと

完全にスターっていうか(笑)

HIPHOPっぽい格好で凄く格好良くて。

なのに、自分は貧相で「どこの土方だ?」みたいな格好してて凄い差を感じて。

その時は

小学館とかそういった出版社で漫画家になろうってのはあったんですけど・・・

でも結局合わなかったみたいで。

いま考えると当たり前なんですけど(笑)

だけど、その時にお酒の飲みすぎで身体壊しちゃったりとかして。

胃を4分の3くらい取っちゃったりとかして。

 


―えぇ!?

 

今はもう健康なんですけど。

そんな事があって何かもう落ち込んでた時に、

「大恐慌劇団」っていうお笑いに出会って。

あっ、それもヤングサンデーの編集さんから紹介されたんですけど。

カーツ佐藤さんとか、みうらさんとか

わりとそういうのが好きな編集さんでして。

僕みたいなマイナーな者にも目を掛けてくれる方でして。

「『大恐慌』っていう面白いお笑いあるから行ってみたらイイよ」

って言ってくれて。

あっ、へらちょんぺさんとか知ってます?

 


―知ってます(笑)ボキャ天での印象が強すぎて。

 

あの方がいる集団だったんですけど。

 


―また随分と個性的な(笑)しかし、それを編集者さんが紹介するという・・・

 

そうなんですよ(笑)漫画に関係ない土俵なのに。

「何か漫画の勉強になるかもしれないよ」って。

それで手伝いしたり「大恐慌新聞」っていう

その時に配ってたチラシのイラスト描いたりとか。

 


―普通、漫画の勉強だったらアシスタントの紹介とかですのにね。

 

アシスタントもやりましたよ。

当時ヤングサンデーで

「最終フェイス」描いてた小林よしのりさんのトコに行って。

「おぼっちゃまくん」とかしてました。

でも僕は下っ端だからホワイトとか消しゴムとかばかりなんですけど。

何か夜中とか作業してるとヨダレとか垂れちゃって。

「あっ、ヤバイ」って消しゴムでこすったら余計に毛羽立っちゃって。

もっかいペンを入れればって描いたらインクが滲んじゃって(笑)

単行本になったら自分だけはその部分がわかるんですけど。

自由が丘とかに事務所もあって、

これが本当のプロの現場なんだなって思いましたね。

でも一番行ったのは「殺し屋1」とかの山本英夫さんですね。

その時はヤンサンデーで「オカマ白書」っていうのやってて

「先生」って感じてやってたんですけど

あとで

歳が同じだったっていうのを知って、凄い愕然としてショックを受けました(笑)

 


―じゃあ、そうしたアシスタントを経て劇団に入ってという

 

そうですね、平行してっていう感じですけどね。

 


―編集さんは三本さんはこっちが向いてると見抜いたんですね。

 

いや、あんまり考えてないような感じでしたけどね(笑)

でも「お笑い」に助けられたっていうのはあるかもしれないですね。

何か本当に幅広い人間を出会う事が出来ましたし。

飲みに行ったらビール瓶で頭殴って血流したりとか

ホントどーしようもないような人達というか(笑)

僕も舞台とか上がったら

何かその時はギター持ってギター漫談とかやってみたりとか

「ウクレレ三山」って名前で演芸とかやってて、

一応ちょっとキャーとか言われたりして。

ちょっとイイ思いをした時もあったので(笑)

 


―人気あったんですね!

 

人気あったっていうか

その劇団ではまともな人があんまりいなかった

っていうこともあったんですけど(笑)

やっぱり時代的にその時に売れてたのはウッチャンナンチャンとかで

あっちは光でこっちは影みたいな。

「俺たちはウッチャンナンチャンじゃないんだから」

「どうせ俺たちは放送禁止だよ!」

っていう感じでしたね。

でも、ほんと面白かったんですよ。へらちょんぺさんの一発芸的なモノとか。

11PMとかに出たりとかしてたから

僕もそれに引っ付いてTV局とかにも行けたから。

そういうのが凄く面白かったですね。

 


―じゃあ「漫画デビュー」と「舞台デビュー」と忙しかったんじゃないですか?

 

でも劇団の真っ最中のころはマンガ描いてなかったですけど

活動も下火になってきてライブもあまりやらなくなってきた時に

マンガが忙しくなってきた感じですね。

だから、片目隠してスキンヘッドにして軍服着て

「ナチスドイツの亡霊だ」とか言ってたのも

マンガが行き詰ってた時ですよね。

じゃあTVの人に声掛けられて番組に出るようになって。

それで、何年かやってたら「幻堂出版」さんに声掛けられてって感じですよね。

その時に神戸の漫画家さんが10何人くらい集まって

創作の紙芝居をする(『創作紙芝居ウォーズ』※1)っていうのを見て「おっ!」って思ったんですよね。

そこで東京の漫画家さんに声掛けて

やってみたのが「紙―1」だったんですね。

だから

神戸に出たのが06年で、

07年の3月1日にやったのが「紙―1」の一回目だったんですね。

で、08年3月が2回目。こないだの09年3月が3回目。

今回が4回目ですね。

 


『紙―1グランプリ』の立ち上げ

 


―そういう切っ掛けで「紙―1」が生まれたんですね。

 

それで07年の1回目に

お客さんの投票で勝ち負けを決めたら

僕が最下位になっちゃったんですよ。

だから凄い「クソーッ!!」て思って(笑)

それで2回目は昼と夜の2部に分けてオープン大会でやったんですよ。

昼のオープン大会で勝ち上がった人が

夜の決勝大会に出るっていうカタチで。

「もう絶対に決勝に出てやる」「出たらカッコイイだろうな」って思って。

で、オープン大会に出てみたら勝ち上がれずという・・・(笑)

去年に決勝大会に残れたら今年も出てやろうって思ってたんですけどね。

 


―主宰者であろうが、完全な実力主義と。

 

そうですね。

でもイベントとしては凄く成功したんじゃないかなと思うんですけどね。

 

 

―「紙―1」の面白さは何でしょうか?

 

「M-1」とかの紙芝居版なんですけど。

「M-1」は勝ったら将来スターになれるっていうか、

職業として約束されるでしょうけど

こっちは紙芝居だから。

まぁ、本当に図書館でやるようなモノだったら職業になるかもしれないけど

この「紙―1」のようなモノだったら・・・ね(笑)

それでも一生懸命やってくれる人が

こんないっぱいいるのは凄い事なんですけど。

だから

勝ち負けはあるんだけど、自分のこだわる部分をドンドンやっていくというか。

 


―子供に見せるような紙芝居とは違いますもんね。

 

そうですよね。

どんだけ誰もやらないような事をやるかみたいな。

ただ、僕としては

誰もやらないような事をやることがこのイベントの意義だと思って

ずっといたんですけど・・・

なんか最近、

「人には色んなタイプがいるなぁ」ってことを思って(笑)

人にあんまり言わないようにしました。

誰もやんないことをやることがイベントだ!とか

なるべく変な事を、変な事を・・・じゃなくて

あるワクを決めて、その中の決めたられたところで実力を発揮する

っていうのが好きな人もいるし。

だから「もう何やっても自由でしょ?」

っていう人はそういう人で全然イイですし。

その方が、逆に広がって、

どこにでも受け入れられるようになったんじゃないかなって

これからの大会については思えるですけど。

 


―いかに変なことをするとかではなく、各々の価値感で勝負するという

 

だから普通に良い紙芝居をやってもらっても良いですし

実際そういう人はお客さんとかにも支持されてますし。

 


―評価するのはお客さんですもんね。

 

お客さんは本当に真っ当なんですよ。

なんか裸でギャーとか言ってる人とかには全然喜んでなくて。(笑)

僕も演芸でそういう事もやったことがあるんですよ、全裸になったりとか(笑)

だから紙芝居をやってるっていったら

「じゃあ老人ホームに仕事を紹介してやる」って言われたりするんですけど

見た瞬間に、「さっきの話はなかったことに・・・」って。

だから芸人さんとしてはダメなんだけど。

そういうのを目指す人もいれば、上手いのを目指す人もいれば

何でもそれぞれの人が、

それぞれの目的を持ってやってくれればいいと思うんですけど。

ただ思うのが

漫画家さんだけじゃなくて色んなジャンルの人がいたら良いなって。

昔の60年代とか70年代の文化とか、その時のガロとかも

映画とか音楽とか色んなジャンルのものが入り混じった感じがするので。

漫画家とか映画の人とかデザイナーとかミュージシャンとか寺山修司とか

あらゆるジャンルを超えたフリーな空間みたいな出来れば

それがイベントの目的でもありますね。

 


―「紙―1」を見てお客さんにどう感じてもらいたいとかありますか?

 

たぶん、

お客さんのほうが凄い正しい見方をしてると思うんでそんなに無いんですけど。

なるべくいろんなジャンルを超えた、訳の分かんないパワーがありますよって。

だから、いかにちゃんとしたものを出すかっていう。

 


―その「ちゃんとしたもの」っていうのは何なんですかね?

 

んー・・・やっぱり

ホントに凄いのって何か訳の分かんないモノのような気もするんですけどね。

凄いパワーで「何じゃこりゃー?」ていうような。

自分でもそういうのが見たいっていうのもありますし

イベントとしてもやってみたいってのもありますし。

 


―三本さんの漫画自体も凄いストロングスタイルですもんね。

 

でも、そういうのを押し付けちゃいけないって思ってるんですけどね(笑)

自分がそういうのが好きなだけだから。

だからお客さんの目で勝ち負けをつけるっていうのが丁度よくて。

そこで自分のやりたい事をいかに出すかって感じですね。

ホント、このイベントに関しては良いお客さんばかりなんですよ。



―じゃあエンターテイメントとして見て楽しんで頂けたらと?

 

僕はただ、訳の分かんないモノをしようとしてるだけなんですけどね。



―笑ってもらえた方が・・・?

 

そりゃ笑ってもらえた方が1番良いですね、僕の場合は。



―紙芝居ってこういうこともやってもいいんだ!っていうような。

 

公共施設とかでは良い紙芝居をやってると思うんで

それの間逆を行くのが正しいのかなとは思いますけど・・・

僕がドイツ三本ってやってた時はプロレスの悪役のイメージだったんですけど。

昔、「ナチスドイツの亡霊」っていうキャラクターがいて

スキンヘッドで黒メガネ掛けて

「ハイル!ヒットラー!」なんて言ってたりするレスラーで。

何か僕の中で「悪役」ってイメージはそれで。

それで紙芝居をやってて

僕がカルチャーの中で凄く印象に残ったのが

スターリンっていうバンドの「虫」っていうレコードだったんですけど

聞いたときにもの凄い暗~い気持ちになって。

「気持ち悪いな~、なんでこんなの聞いちゃったんだろ?」

っていうトラウマみたいなのがあって。

でも、そういうのってずっと残ってるんですよね。



―忘れようにも、忘れられないですよね。


だからそういうのを植えつけるには

何が1番インパクトがあるかって考えたら

まっさらな何も汚れていない子供達に見せるのが良いなって思って。

そこで、幼稚園に行って軍服を着て(笑)

「パイパンマン」っていう紙芝居を見せたんですけど。

アンパンマンのパロディーで。

そしたら、幼稚園の先生にバンッ!って叩きつけられて

泣きながら「帰ってください!」って言われたりとかしてたんですけど。

 


―な、何てことを・・・

 

そういう、やっちゃいけないような事っていうか(笑)

どこまで間逆の紙芝居が出来るかっていう。

 


―しかし、よく実行できましたね。

 

最初は「紙芝居をどうしても子供たちも前でやりたい」とか

「昔の文化を見直したい」とか「子供に良い話を聞かせたい」とか言って

そこでは「赤忍者、青忍者」みたいなそういう紙芝居を見せて。

それで園長先生を説得して、体育館に皆を集めてもらって・・・

で、その前でエロ紙芝居をやって。

 


―うわぁ~(笑)

 

ガロが分裂してた時に

「もうこんな状態だったら何やってもいいや」って思ってね。

編集さんも一緒に来てもらって、記事にしてりしたんです。

そうやって、今までは

「紙芝居なのにこういう事やってはいけない」

っていうのをやってきてたんですけど。

だけど、これからは

ただそれだけじゃなくて、良い紙芝居をやろうって人も

全然良いと思うんですけどね。

まぁ、僕が何て言おうとお客さんがシビアに評価してくれるんで。

 


―でも、三本さんのようなパンクな方のほうが好まれたり?

 

いや、僕は全然受け入れられてないですよ。

お客さんが敵ですからね。

 


―え、主催者なのに!?

 

全然好かれてないんですよ!

何の人気も無いですし。

実際、出てる人に比べて無名ですからね。

他の人が凄すぎるんですよ!!

多分、お客さんにしてはどっちでもいいんですよ。

僕の事は好きじゃないけどイベントは見に来るっていうか。

僕は嫌われてても、イベント自体は良いものが出来てると思うんで。

是非見に来て欲しいですね。

決めるのはお客さんだから公平で。

嫌いなのは落とすことが出来ますからね。

 


―お客さんがイベントを作り上げるような?

 

そうですよ、だからホントおっかない・・・



―ははは()、他の出演者さんは誘ったときの反応ってどうだったんですか?

 

確かに、自分から誘った方もいるんですけど

あちらから「出たい」って言ってくれた方も多いんですよ。

それは前のイベントとかに見に来て下さった時に

「僕も出てみたいですね」って言って下さったんで

それはもう、聞き逃しませんよ!(笑)

でも、一応そういう風に

一言でもそう言ってくれたり、

イベントに見に来てくれた方に出てもらってますね。

でも皆さん、凄い情熱をもって出演して下さってるんで

何とかそれに応えて

このイベントを大きくしていくのが僕の役目だと思うんです。

 


―是非とも、今度も良いイベントにしましょう!!



 ≪終≫



※1:「創作紙芝居ウォーズ」

主宰:なかのしげる(幻堂出版 社主)

関西で出版をされている、なかの氏が元々映像をやっていることから

お菓子を付けた上映会などを開催していた。

そこで、お客さんを集める発想が同じである「紙芝居」というスタイルの面白さに気付き

創作紙芝居だけのイベント「創作紙芝居ウォーズ」の開催を実現する。

幻堂出版 主な出版物

関西マンガ&マイナー情報誌「何の雑誌」

「川崎ゆきお全集」「鈴木漁生の漫画家残酷物語」「森元暢之作品集」ほか多数・・・

 



三本美治(みつもと よしはる)

北海道苫小牧市出身。根本敬の後を継ぐ、ストロング・スタイルなガロ系漫画家。
'91年ガロでデビュー。'92年ちばてつや賞(講談社)佳作入選。当初は「三本義治」名義であったが、現在はこの名前で活動。名義で紙芝居ライブも行う。
また紙芝居イベントこと『紙-1グランプリ』を主宰する。
著書 『マンガの本』(青林堂)、『順風』『刑務所の中のごはん』『テロル』(青林工藝舎)など。
IMG_1659.JPG←『ガンジス河で平泳ぎ』/三本美治 も絶賛
発売中!

Twitterでのつぶやかれ


大橋裕之インタビュー寺田克也インタビュー根本敬インタビュー蛭子能収インタビュー根本敬インタビュー石原まこちんインタビュー