根本敬氏インタビュー : 「あのころ」と「いま」を根本さんに聞きました」 (1/5)
10/09/06 10:00
イベントに青林工藝舎で執筆されておられる先生方にご出演頂く機会が多いのですが、
打ち上げの会話などに『あのころ』という話がよく出てくるんですね。
それがまた年代を超えて皆さんの話がリンクしている部分が多いんですよ。
僕は、その『あのころ』というのがどうも引っ掛かりまして
「青林工藝舎には独特の『あのころ』があって、そこには何か現在へ至る大きな背景が蠢くのでは?」という思いが出てきました。
そこで『あのころ』の当事者である、根本さんにその旨をお伝えしたところ
―「あのころ」は時系列取っ払えば今まさにこうメールを打ってる今も
「あのころ」なぐらいガロは大きなバックグラウンドです。―
というお返事が!
これは早速調べなくてはという事で、根本さんに聞いてきました。
1
コロポックル時代の人達
(2010.09.06掲載)
2
ガロという雑誌
(2010.09.07掲載)
3
長井勝一という人物
(2010.09.08掲載)
4
最後の第一世代
(2010.09.09掲載)
5
「あのころ」と「いま」と「これからの作家」
(2010.09.10掲載)
1 コロポックル時代の人達
― 根本さんにとって「あのころ」というのはどういう時代だったのですか?
要するに、北海道の山奥で蓮の葉の上とか下でコロポックル達が戯れていくみたいな。
それを都会にいながら、大きな子供達が好き勝手やってるっていう・・・ような。
世の中の経済や景気がどうのこうのとかそういうのは関係なしに、
本当にコロポックルが山奥の独立した所で自分達が好きなように歌ったり踊ったり。
あの頃の良い時代を「コロポックルの時代」とも呼ぶんだよ。(笑)
― なるほど、コロポックルの時代ですか。
何かそういう側面があってさ。
実際に社会と係わるのは、漫画とか発売?・・・とにかくそうしてギャラや印税とか貰ってたんだけど
でも、そういうのは「いくら入る?」とかは全然考えないで「勝手に入ってきた」って感じの世界だった。・・・でも、これを他の人達に言っても通じないんだよね。
― 通じないというのは?
だから、理屈で理解する部分と・・・もう1つね。
さっきコロポックルって例えた時にも「あっ!」って感覚的に何か分かるみたいな。
そういうのが両方ないと、こういう話も分かってもらえないと思うんだよ。
だって理屈だけで考える人間ってどうしてもね。
IT産業だとかどうのこうの言ってきて、
世の中の産業の構造の部分や時代の変化の話に持っていって。
でも、そういう話っておもしろい話って訳でもないからね、コレが。(笑)
それは側面の知識っていうかさ?
時代の切り替わりを説明する上で必要かもしれないけど、それが中心になっちゃうと面白くないよね。コロポックルの世界も知らないで、蓮の葉を刈りに来られても。
― その「コロポックルの時代」というのは漫画界全体がそういう時代だったんですか?
または、ガロ(※1)だけの独特の・・・?
大学生など比較的高い年齢層の読者に支持され、漫画界の異才をあまた輩出した。
それは「何故、ギャラが出ない出版社に皆あえて漫画を載せたか?」ってことだよね。
― その辺りの事をよく聞くんですが、本当に全くギャラが出なかったんですか?
一時期出たこともあったらしいよ、70年代の最初の頃とか。
でもギャラが出ない事が当たり前になってからは出てない。
但し「ギャラが出ない」ってことで、後ろめたさもあるから作家を抱え込むことは全く無かった。ギャラを払うところは、良い新人がいたら自分達のところで抱え込もうとするんだよ。だけどガロはどんなに自分のところで人気のある作家でも、他のギャラの出る出版社から仕事が来れば誰でもさ(泉昌之とか「『夜行』見ました!」って電話があると)すぐに連絡先を教えちゃうの。
「どうぞ使って下さい」って。そのせいで自分のところにあんまり描けなくなっても。
― 以前に手塚さん
(※2)
から聞いたんですけど「ギャラは出ないけど、その分修行をしたと思って他のところにどんどん旅立っていって欲しい」って。
実際そうだね。
オレがデビューした同世代のみうらさんとか泉昌之とか、
また蛭子さんとかにしてもさ、今は皆何をやってるか分からない。
実際の現金収入は皆それぞれだけど「自称:漫画家」でさ、
とりあえずバイトとかしないで一応こういうメディアの世界でどうにか残ってる。
それは「どんな仕事も断らなかった」ってのもあるよね。
― 漫画だけにこだわらないで?
それを「オレは漫画家だから・・・」とかプライドを持ってたり
あるいは、器用に一般誌でも通用する漫画家だったりとかすると
結局5、6年はやれても漫画の人気がなくなると・・・「漫画」しか他にないからね(笑)
それで消えたって人の方が多いんじゃないかな?
最初から「はい、何でもやります」っていう何でも屋姿勢の人達の方が結局は残ってるよ。
漫画描いてなくても一応「漫画家」としてさ。
― じゃあ、色んな事をやった人の方が生き残ると?
そうそう。でも、色んな事をやったって事だけじゃない。
漫画自体を描くことは最初の6、7年くらいしか与えられないと思うけど
一応、自称:漫画家としてのそれぞれ代表作ってのがあるんだよ。
だから、漫画家としての最初の5、6年の頃に、必ず「今でも読まれているような漫画」というものを残してる人っていうのも条件だね。
※1 ガロ:『月刊漫画ガロ』は、1964年から2002年頃まで青林堂が刊行していた漫画雑誌。
※2 手塚さん:手塚能理子、漫画雑誌『アックス』編集長、青林工藝舎・社長。
※このイベントは都合により中止になりました。
蛭子能収展
日時:9月2日から9月28日まで(平日12時より23時、土日12時22時/水曜日定休)
会場:
55CAFE
入場料:ご来店の際は1オーダーをお願いしております。
アクセス:田園都市線 二子新地駅より徒歩30秒
詳しくは⇒
http://ameblo.jp/fiveandfive/entry-10615199676.html
でもやるんだよ!根本敬が映像〜音源そしてトークで誘う『根本茎へのハッテンバの夜』
日時:9月10日(金) 開場19:00 / 開演19:30
会場:桜坂劇場 ホールB (沖縄)
料金:前売 2500円 / 当日 3000円
詳しくは⇒
http://www.sakura-zaka.com/lineup_l.html#a100910
超解毒波止場2010
日時:9月25日(土) 開場18:00 / 開演19:00
会場:六本木 スーパーデラックス
料金:前売:2300円 / 当日:2500円 (ドリンク別)
詳しくは⇒
http://www.super-deluxe.com/2010/09/25/
<新刊>
「生きる2010」/ 根本敬 著
9月15日発売 青林工藝舎
根本敬
(ねもと たかし)
1958年6月28日生まれ。自称・特殊マンガ家、蛭子劇画プロダクション・チーフ。他に文 筆・映像・デザイン・講演・出版プロデュース、「幻の名盤解放同盟」として廃盤歌謡曲復刻など多岐に渡り活動。
「因果者」「イイ顔」「電波系」「ゴミ屋敷」などといったキーワードを作り出し、悪趣味系のサブカルチャーへ与えた影響は大きく、日本のオルタナティブ・コミックの作家のなかでも、極北に位置する、もっとも過激な作風の漫画家である。2008年に第11回みうらじゅん賞を受賞。
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因果鉄道の旅とマンガ
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