インタビューイベントマックスブログプロフィールpowered by MAX POWER

寺田克也氏インタビュー「なぜ絵を描くのか?寺田克也という人物に迫る!!」(4/8)

11/01/07 10:30

interview_terada.jpg

「卵が先か?鶏が先か?」てなことで漫画も「絵が先か?ストーリーが先か?」となると
…まぁ、それは人それぞれで。まして正解があるってものではないでしょう。
だけど、漫画家さんの話を聞いていたら多くの方の原点は「落書き」なんですね。
昔から落書きが好きで、漫画を描くようになってというような。

そこで今回はその原点である「落書き」という点に注目しながら
自称:ラクガキングでもある漫画家の寺田克也さんに突撃インタビュー!!
果たして、寺田克也という人物はなぜ絵を描くのか?




4 やっと「私の人生」が始まった


■ ついに阿佐美で絵を描く仕事

― で、阿佐美に行くことになったんですね。

1年の頃は基礎をやるんで、高校でやった事をもう1度する感じだったんで最初ナメてましてね。その時に1年をダブった先輩に「高校の時にデザイン科やってると、1年の課題をいい加減にしがちで結果留年してしまうぞ」って言われて。それはイカンと。

― また、助言があったわけですね。

そう、正しいなって思って。
1年をダブる予定も無いし、授業料も高いから親にも借りてられないし。
3年制だからわりと真面目に通って、順調に1、2、3年と。
でも卒業する気は別に無くて、仕事を出来ればどっからでも始めて行こうと思ってたんで。
2年の時から先生に仕事をもらったりしてて。

― どういう仕事を?

カンプの仕事とかね。カンプってわかります?

― いえ、ちょっと

カンプっていうのは、
たとえば、一番最初にやったのはジュースのパッケージだったんですけど
デザイナーがクライアントに
「ジュースのパッケージをお願いいます」って頼まれた時に
当時はコンピュータとか無かったから
デザイナーはイラストや文字を用意してカラーコピーして、それを切り張りして「こんな感じになります」っていう見本を作って持っていくんですね。
それをカンプって呼ぶの。

― なるほどサンプルみたいなものですね。

紙面広告とか完成は写真を使ったものだけど、見本の時には写真を撮れないから
写真のような絵を描く仕事っていうのが結構あって。
それをカンプライターっていうんだけど、当時は本気でやれば全然食えるくらいになったよね。
完成度はそれ程求められないので、速さと量でやっていけばさ。
別にオレはカンプライターになりたい訳じゃなかったから、自分の絵が描きたかったんだけど、仕事としては良かったからさ。
阿佐美の頃は先生にカンプの仕事をもらって
「何となく生活できるやん」って思ったのは3年になってから。
だから、それまでは自分の部屋も借りてなかった。

― え、それまでドコに住んでたんですか?

高校の時にウチの親父が本社勤務になって東京に単身赴任したの。
オレが高校卒業した時には姉貴と兄貴はもう家を出てたので、
お袋とオレで東京の親父のところに引っ越して3人で暮らすみたいな。
それもまたラッキーやったんですよ。

― 導かれたみたいですね。

じゃあってんで、親父が千葉の方に家を買って、そこから通ってたの。
でも、そこから阿佐美にはどうやっても2時間半かかるんよ。
1日で合計5時間も潰れるから「これはたまらん」ってことで
1年の1学期は通ってたんですけど、2学期から次第に帰らない日を増やしていってね。
3学期からは家に帰るのは1,2ヶ月に1回になってね。
それから2年と半年は何をしてたかっていうと、友達の家を泊まり歩いてたんですよ。

― 色んなところですか(笑)

巣を3箇所くらい作って、後は先輩・先生・同級生・・・50軒くらい泊まり歩いて。
ずっとそんな生活をしてた。
で、3年に上がる頃に気がついたら家賃くらい払えるようになってたから
自分で月1万6千円の風呂無し共同トイレの傾いた四畳半を借りて、そっから一人暮らしを始めたの。
学生の間は親に食費だけもらってたけど、卒業でそれもやめて。

― ようやく小学校から思い描いていた生活に、追いついたわけですね。

そうですね、「やっとかぁ・・・」って(笑)そんな感じでしたね。
卒業するまでは完全じゃなかったけど、卒業してからやっと「私の人生」が始まった。
小学校から、10年くらい掛かりましたね。

■ 「アート」より「エンターテイメント」が好き

― とにかくマンガやイラストとかこだわりなく、まずは「絵で食っていく」事を最優先に?

そう、何でも良いんですよ。絵が描くのが好きだったんで
「絵を描くこと」で生活が出来るんだったら「もう最高!」ってのがあって。
オレの場合はそれが先に来るの。
だから「描きたくて仕様が無いモノ」とか「表現しないと死んでしまう」とか
そういうのは無くて。

― これを伝えたいんだ!っていうのは?

ゼロに近い。でもゼロと言いつつ、それは結果的には出てしまうから。
別に自分でことさら大きく言うわけでもなくて、描けばテーマとして絶対に出てくるし。
だから、それが浅かろうが深かろうが自分から出るものだから仕様が無いと思ってる。
根本的に初期衝動としては「線を引いてると楽しい」っていうのが未だにあって、
そっからは全然一歩も出てない気がするね。

― その自然と出てくるテーマをもっと掘り下げたくはならないんですか?

それは仕事として駄目だったりするでしょ?
オレはやっぱりイラストレーターだし、頼まれて描く仕事なんで。
自分を表現するわけではないから。
マンガだと比較的それは出てしまうけど・・・そんなのはあんまり考えない。
求められたモノに自分の色を出して描く。それの方が向いてんじゃないかな。

― じゃあ、絵の事を学ぶ時に、アートの方向へ行こう何てのは?

アートが・・・オレはわからんのですね。「アートって何?」っていう。
だから自分の中の衝動っていうのが、多分そっちに向いてないね。

― アート作品を見ても「一体、これは何を描いてるんだ?」っていう?

いや、見るのは好き。人が描いたのとか見るのは好きなんですけど
でも自分の中では無いんですね。
やっぱり根っこがマンガなんで、どうしてもマンガを意識してしまうんですね。
だからストーリーであるとか、キャラクターであるとか。
自分が今やってるのもそっちのことだから、それはもう資質みたいなもんだと思います。
まぁ、人が「これはアートだ」って言ってくれる事に関しては別に構わないですけど。
「あ、はい。そうですか」って。

― あくまでも自分としてはアートのつもりは無いけど。

それは見る人の事だから。
見る人がどう見るか?って事にはオレは干渉したくないから。
もともと絵ってそういうものだったりするじゃないですか?
人が「コレはこうだ」って言って、それが広がっていくっていう。
別に自分をプロデュースするのが上手い方じゃないんで
結局は頼まれた事を自分なりに「こっちやったらオモロイやろ」って感じで出すのが好き。比較的サービス業体質だから依頼してくれた人が喜ぶとか、
見る人が楽しむようなエンターテイメントだったりとか、そっちが好きなんで。
自分で「これはアートなんですよ」っていうのは・・・ちょっと良く分からない。
だから「ラクガキ」とか言ってしまうんですけど。
それは多分・・・
未だに「自分の絵が大した事ない」っていうのが根底にあるんですよね。
「これはアートです」なんてことを言えたらもっと儲かってるんでしょうけど。(笑)

― ははは、ドーンと構えて。

プロデュースしてくれる人と一緒に組んでね。
そんな感じでやってたら、もっと儲かってたと思うんですけど
全然儲からないなのはそういう事かもしれない。
やっぱり、自分の目的ははっきりしてるから。

寺田 克也 (てらだ かつや)

1963年12月7日生まれ、岡山県玉野市出身。
イラストレーター、漫画家、ゲーム・映画のキャラクターデザイン、小説の挿絵など様々な分野で活躍。滅法絵のうまいイラストレーターと評判で、海外にまで熱心なファンがいたり、「ラクガキング」と名乗るほど膨大な絵を描くことでも有名。

WEB) terras book
BLOG) terada's book brog
SHOP) TEE PARTY / 寺田克也半袖店




Twitterでのつぶやかれ


大橋裕之インタビュー寺田克也インタビュー根本敬インタビュー蛭子能収インタビュー根本敬インタビュー石原まこちんインタビュー